第9話  創作喫茶 『土蔵』

朝、10時を少し回った頃、俺は店の前に立っていた。
 それと言うのも、看板の取り付け作業を見守るためだ。
 こうやって自分で考えた店の名前を形として見上げてみると、感慨深い物がある。
 なんと言うか、こう、ふつふつと込み上げる物というか、顔がニヤけそうになるというか……。
 高々と掲げられる、豪快な毛筆調で書かれた『土蔵』の二文字。
 確かにエヴァの言っていた通りちょっと居酒屋っぽいような感じがして少し苦笑い。
 でもそれ位が自分には丁度良い、変に飾ったりするのはらしくない。
 さあ、これで――。
  
「――創作喫茶、『土蔵』開店だ!」
  
 で。
 
「――考えてみれば、宣伝もなにもしてないのに、お客さんとか来るわけないんだよな……」
 
 いきなり失敗。
 看板の取り付けだの、照明の設置だので、結局店の開店は午後1時になってしまった。
 そんな、お客さんが一番来る様な時間を逃してしまったのだから、当たり前だが、ようは今現在とても暇です。
 っていうかまだ誰も来てないし!
 
「……まあ、ウチは学生さんメインなんだろうから、とりあえず仕方ないって言えばそれまでなんだけどな……」
 
 そんな言い訳じみたことを一人呟いてみても、ただ空しくなるだけだった。
 なので、悪あがきにと、入り口のドアに『本日開店』と張り紙をしてみたが、遠目から見ると『本日閉店』とも見えなくもないので結局止めた。
 スゴスゴ店の中へと戻りカウンターの中に引っ込んでため息一つ。
 
「……折角作ってくれたのにな……」
 
 自然、そう口から零し、身に付けた服を見下ろし昨日の事を思い出した。
 結局、あの後逃げ回る茶々丸をなんとか捕まえた頃には日が暮れていてしまっていた。
 誤解した茶々丸への説明にエヴァと二人で更に一時間。
 なんとか誤解を解く事に成功した俺達は、二人そろって安堵のため息をついたのだった。
 茶々丸は何度も誤解した事を謝罪してきたが、あの状況を見たのなら仕方がないと思う。
 
「――さて、では私は服を作ってくる」
 
 家に到着して、遅めの夕食を食べ終わるとエヴァはそう切り出した。
 
「え? 今からか? 明日はとりあえず私服でなんとかするから、そんなに急がなくてもいいぞ?」
「馬鹿者、初日からそれでは格好がつかないだろう」
「……でも、時間が……」
 
 そう、時間が足りない。
 いくらエヴァが服等を作り慣れているとしても一晩で出来るほど簡単な物でもないだろう。
 仮に出来るのだとしても明らかにエヴァに無理をさせている事には変わりない。
 しかしエヴァはそれを簡単に否定した。
 
「なんだ、そんなことか」
「なんだって……俺はエヴァの身体を気にしてだな――」
「気遣いはあり難いがな、士郎……お前、忘れているだろう?」
「忘れてるって……なにをさ?」
「私の『別荘』の事だ」
「『別荘』? ――ああ、そういえば……」
 
 そんな物もありましたね。
 
「そう、あそこの中に入れば時間の流れが違うのだ。なに、私に掛かればどんなに趣向を凝らそうとも3日……3時間もあれば十二分に完成する」
「あ、そういう手があったか……」
 
 なるほど、それならエヴァに無理をさせてる事にはならない……のかな?
 実際に服なんて作ったことないから、どれくらい時間が掛かる物なのか想像もつかない。
 けれどエヴァの気持ちはありがたい、ここで断ってしまう方がかえって失礼ってもんだろう。
 
「ん、じゃあ、お願いしていいか?」
「フフン、任せておけ。では、茶々丸着いて来い」
「はい、マスター」
 
 そう言う残して階段を下りていく背中を見送る。
 その背中が見えなくなると、ずっと成り行きを見守っていたチャチャゼロが口を開いた。
 
「ケケケ、随分トマァ……、気ニ入ラレテルジャネーカ衛宮?」
「え、そうなのか?」
 
 確かに嫌われてはいないとは思うが、そこまでいくだろうか?
 
「アア、確カニ御主人ハアア見エテ、結構気前イイトコアルンダケドヨ……」
 
 うん、それはなんとなくわかる。
 俺もなんだかんだいって色々助けられまくっている。
 
「アッタ物ヲヤルンジャナクテ、ワザワザ自分デ作ッタ物ヲ与エルナンテナ……ソレモ御主人カラ言イ出シタンダロ? ソンナモン特例中ノ特例モイイトコダゼ? 昨日ノ事ガ随分ト影響シテルミテーダナ」
「……そんな事言われても、特に変わった事した覚えはないんだけどな……」
「……ハッ! コレダカラ天然ハ始末ニオエネー」
「む、天然とは言ってくれるじゃないか。俺はこれでもしっかりしてると、自分では思っているんだが……」
 
 伊達に長い間一人暮らしをしていた訳じゃない。
 大抵のことは自分でやってきたし、猛獣(藤ねえ)の面倒も見てきた自負があるんだが。
 
「アア、違ウ違ウ。ソウイウ意味ジャネェンダガナ……。ッタク御主人モヤキガ回ッタモンダゼ、吸血鬼ガ魅了サレルナンテ面白スギルゼ……」
「ん? なんか言ったか?」
「ナンデモネーヨ」
 
 なんか言っていたみたいだが後半の方が小声で聞こえなかった。
 まあ、それはさて置いて……3時間、どうしようか……流石に自分だけ先に休むのは気が引けるし。
 
「……そうだな、せめてものお礼って訳じゃないけど、お菓子でも作って感謝の気持ちを表そう」
「アン? ナンカ作ンノカ?」
「ああ、そう思ってるんだけど……チャチャゼロエヴァがお菓子だと何が好きとか知ってるか?」
「御主人ガカ? …………コレトイッタ物ハネェゼ、美味ケレバナンデモ食ウゾ」
 
 ソレコソ血ダッテナ、と笑って付け足すチャチャゼロ
 血を吸うエヴァって、どうも想像できないんだが……とりあえずだ。
 今はそれより何を作るかが先決だ。
 キッチンへ行き材料を探す。
 
「……えっと、使ってもよさそうなのは……お、林檎がたくさんある、レモンも。と、言う事は茶々丸なら……お、やっぱりだ、シナモンもあった……ふむ、アップルパイでも作るか」
 
 これだけ林檎があれば使っても大丈夫だろう。
 幸い材料は全部揃っているし、パパっとやっつけてしまおう。
 3時間くらいで完成すると言っていたし、ちょうど良い時間にこっちも出来る事だろう。
 と、思っていたんだが。
 
「………………ん、……あれ?」
 
 外が明るい……俺、どうしたんだっけ?
 
「お早う御座います、士郎さん」
 
 キッチンの方から声がした。
 
「あれ? 茶々丸? 俺、なんでこんな所で寝て…………って、ああ、そうか」
 
 思い出してきた。
 昨日の夜、アップルパイを作って待ってたまでは良かったんだけど、エヴァが5時間経っても出てこなくて、ついそのままテーブルに寝てしまったのだ。
 
「そうか、寝ちまったんだ俺……。ん、お早う、茶々丸エヴァは?」
「マスターでしたら上でまだお休みになっておられます」
「そっか……。結局昨日は何時までやってたんだ? 俺、結構待ってたんだけど、なかなか出てこなかったからさ」
「作業が終わって出てきたのは、午前5時をすでに回ってからでした」
「5時!? ってことは……実質8日間もか! 3日で終わるんじゃなかったのか!?」
「ええ、普段でしたらその位あれば十分完成できたのですが……、マスター自身が納得できる品がなかなかできず、何度も作り直しや手直しを繰り返していましたのでその時間に……」
「そっか……なんか悪い事したな……」
「いいえ、決してそのような事は。マスターも作っている最中、とても楽しそうでしたので」
「……そっか、それならいいんだけど」
 
 やはり趣味も兼ねているから苦にならなかったのだろうか?
 しかし、それでも悪い気がする。
 そこで、ふと時計が目に入った。
 
「マズイ……まだ店の準備少し残ってたんだ! 悪い茶々丸、俺、もう店に行くよ」
 
 まだ準備中なのを思い出して、慌てて家を出て行こうとする俺。
 
「――士郎さん、お待ちください。お店へ向かわれるのでしたらこちらの品を……」
 
 そんな急いで店へ向かおうとする俺を茶々丸が呼び止めた。
 そうして茶々丸が何やら持ってくる。
 
「――これは」
「はい、マスターがお作りになった士郎さんの制服です」
 
 それは、一目見ただけで物凄く上質だと分かるような布でできた逸品だった。
 恐ろしく滑らかな布を使った黒のベストとパンツ。
 真っ白なウィングカラーのシャツ。
 鈍い光沢を放つ革靴。
 更には大きな赤いルビーをあしらった紐ネクタイ。
 
「…………これを、俺に?」
「はい、マスターが士郎さんの為だけに作られました」
「いいのか? こんなに凄い物貰ってしまって」
「――—ええ、そうして貰わなければ、マスターが悲しみます」
 
 そう言うと茶々丸はクスクスと可笑しそうに微笑った。
 けれど、確かにここまでしてもらって、受け取らないなんて話はないだろう。
 
「そっか、じゃあこれはありがたく頂いて行くよ、……あ、時間ないんだった。茶々丸、悪いんだけどエヴァにお礼言って……」
 
 そこまで喋って一旦言葉を止めた。
 
「はい、伝えておきます」
「あ、やっぱ無し。今の無し」
「……と、言いますと?」
「ん、こういうのは自分で言わなきゃな。エヴァにも失礼になっちまう」
「――分かりました。では、そのように」
「ああ、じゃあ、行って来ます!」
「はい、行ってらっしゃいませ」


◆◇――――◇◆

 
「って、勢い勇んで出てきたって言うのに、このままじゃ格好つかないな……」
 
 物思いに耽っていた思考をため息と共に吐き出す。
 これじゃあ勇み足もいいところだ。不甲斐ない。
 と。
 その時、扉に取り付けられたベルが音を立てて鳴った。
 
「っ! い、いらっしゃいま、……せ?」
「――なんだ、誰もいないではないか……」
「士郎さん、お疲れ様です」
 
 慌てて姿勢を正した俺の視界に飛び込んできたのは、エヴァ茶々丸だった。
 
「……何だ、二人か……」
「む、何だとは何だ……、失礼な奴だな」
「あ、いや、そういう意味じゃなかったんだけどな……実を言うとまだ誰もお客さん来てなかったんで、緊張しちまったみたいだ」
「は? まだ誰も来ていないだと? ……フフン、だとすると私達が記念すべき来店第一号と言うわけだな」
 
 ニヤリ、と意味ありげに笑うエヴァ
 
「いや、この場合は違うんじゃないか?」
「む、何故だ? まだ誰も客が来ていないのだろう? だったら違わないはずではないか」
 
 む、と不服そうに睨まれてしまった。
 ……いや、そんな事されても、……なあ?
 
「だって家族だろう? それをお客さんってカウントするのは変じゃないか?」
「――――」
 
 何故か絶句してしまうエヴァ
 ……はて? そんなに可笑しなこと言っただろうか?
 
「フ、フン! そ、そういうことならば大目に見てやろうではないか……!」
「そ、そりゃどうも……?」
 
 エヴァはそう言ってそっぽを向いてしまったが、どうやらお許しはでた模様。
 ……何に対しての許しかはわからないけど。
 
「…………おほんッ! そんなことよりも、だ。なかなか似合っているじゃないか士郎?」
「あ、これか?」
 
 咳払い一つ、エヴァは俺の着ている服に注目した。
 
「そういえば、お礼がまだだったな。ありがとうエヴァ、俺の為にわざわざこんなものまで用意して貰って……」
「……なに、開店祝いだと思って気安く受け取っておけ」
 
 もっとも誰も来てはいないがな、と付け足すエヴァ
 ……や、ご尤もで……。
 
「で、どうだ? 動き難いとかはないか?」
「ああ、全然そんなことないぞ。むしろここまで動きやすいとは思ってもみなかった」
 
 そう、実際に動いてみて驚いた。
 まさかここまで着心地がいいとは……。
 結構身体に密着したデザインなのに動きが全く制限されない。
 これならどんな体勢だろうと破れたりもしないだろう。
 
「ああ、それは製法と仕立てにちょっとした秘密があるからな」
「秘密? ……魔法使っているとかか?」
「そういうのではなく只の技巧だ。口で言っても分からん」
「そっか、……重ね重ねありがとう、エヴァ
「わ、分かったからそんなに何度も言わなくていい!」
 
 多分、感謝される事に慣れていないのだろう。エヴァはなんか困ったような顔をして慌てふためいてしまった。
 そんなエヴァに口には出さず更に感謝する。
 さて、それじゃあ感謝を形として出すとしよう。
 
エヴァ、紅茶飲むか?」
「ん、貰おうか」
「よし、さあ座って。ほら、茶々丸も」
「いえ、私は――」
「いいからいいから……。そういうのは無しだ」
「言うとおりにしてやれ茶々丸、短い付き合いだが、言って聞く相手ではあるまい?」
 
 言ってくれるじゃないか……。
 助け舟なのか、おちょくられているのか微妙なラインだ。
 
「――はい、ではお言葉に甘えて」
「おう、幾らでも甘えてくれ」
 
 苦笑しつつカウンター席に座る茶々丸を確認し、お茶の準備をする。
 
「そういえば、二人とも今日は早いんだな?」
 
 作業する手を止めずに質問してみた。
 考えてみればまだ、午後一時半になったばかりだ。
 
「ええ、今日は土曜ですので……」
「あ、そっか……。曜日感覚狂ってたから、分からなかったよ」
「私達はここに直で来たからな。もう少ししたら、学校が終わった連中が店の前を通りかかる。その段階でどれだけ客を確保できるかがポイントだな」
「そっか……じゃあ、これからお客さんも来てくれるのかな……っと、はい、お待たせ」
 
 二人の前に紅茶をそっと差し出す。
 
「ふむ、良い香りだ……それにこの強いオレンジ色は……」
 
 エヴァは香りを楽しんだ後、カップを傾け静かに目を閉じた。
 何かを考えているようなので邪魔しない方が良いだろう。
 
「あ、そう言えば茶々丸。俺が作ったアップルパイは食べてくれたか?」
「ええ、マスターはとても御満足していました」
「そりゃ良かった。……で、ちゃんと茶々丸も食べたよな?」
「――」
 
 茶々丸は一瞬だけ呆気に取られたようだが、すぐ可笑しそうに微笑んだ。
 
「ん、どうした? 俺、なんか可笑しなこと言ったか?」
「いえ、申し訳ありません。……マスターが仰った通りになりましたので……」
 
 茶々丸はチラリと隣に視線を移したが、エヴァはまだなにやら考え事をしている様子で、こっちの会話に全く気づいていない。
 
「今朝、私は食事を断ったのですがマスターが、士郎さんに何を言われるか分からないから私も食べろと……」
「――そっか」
「――はい」
 
 二人揃ってエヴァを見つめてしまう。
 ……この子も少しは団欒の暖かさを大事に思ってくれたのだろうか。
 だとしたら物凄く嬉しい。
 ――なので、頭を撫でてみた。
 
「……おい士郎、なんだこの手は……」
「ん……?、いやー、エヴァは良い子だなって思って」
「子ども扱いするなと言っているだろう。良いから退かせ、茶が飲めん」
「了解」
 
 サラサラのエヴァの髪を撫でるのを止めるのは惜しい気もしたが、そう言われては仕方がない。
 
「……全く……。それより士郎、この茶葉はジョルジだな?」
「――へえ、凄い。正解、良く分かったな」
「茶には煩いと言っただろう? この色に独特の甘み……等級もそこそこの物を使っているのではないか?」
「これまた正解、いい業者さんと知り合えて、かなり安く仕入れる事が出来たんだ。ちなみにそれはG・F・O・P」
「…………学生に出すにしては上等過ぎるし、値段設定……安過ぎやしないか?」
「まあ、俺もそう思ったんだけどな。でも、本当に安く仕入れる事ができたんだ、ちゃんと採算は取れる計算だ。それにどうせなら美味しいのを飲んで貰いたいだろ?」
「……その考えに賛同はできんが、採算が取れているなら何も言うまい」
 
 なにやらため息をついて呆れられてしまった。
 なんだよー、いいじゃんかよー、誰だって美味しい物を安く飲めれば嬉しいだろー。
 と、変な事を考えていたらベルの音。
 これは今度こそ――ッ!
 
「――いらっしゃいませ」
 
 瞬時に接客モードに入る俺。
 いきなりの俺の変わり様に、エヴァからは胡散臭そうな目で見られたが気にしない。
 実質的には初めてのお客さんだ、気合入れていくとしよう。
 
「あ、えっと、三人なんですけどいいですか?」
「畏まりました、どうぞこちらへ」
 
 来店したのは、元気で仲の良さそうな3人組みだった。
 その楽しそうな雰囲気に微笑ましくなる。
 三人を窓際の日当たりの良い席へと案内する。
 
「――それではご注文が決まりましたらお呼び下さい」
「はーい、わかりました……って、あれ? ねえアコ、あれってエヴァちゃんじゃないの? お~い!!」
「あ、ホンマや。なんや、茶々丸さんもいるやん」
 
 ん、知り合いか?
 その声に反応して首だけでさり気なく振り返って見ると、エヴァはいかにも面倒そうに、振り返りもせず片手だけ振って挨拶し、茶々丸はこんにちは、と礼をしてまた座った。
 何はともあれ、いきなり俺が首を突っ込む事じゃ無い。
 そそくさとカウンターに引っ込む。
 で、
 
「……何だ、知り合いか?」
 
 とりあえず小声で二人に聞いてみる事にした。
 
「ええ、三人とも私達のクラスメイトです。左から明石裕奈さん、和泉亜子さん、大河内アキラさんになります」
「……ッチ、煩い連中が来てしまったな」
 
 なるほど、クラスメイトね……。
 そうなるとここは席とか一緒にしてやった方がいいのだろうか?
 
エヴァ、席一緒にしようか?」
「馬鹿を言うな。あんなやかましい連中と同席なぞさせるな」
「さいですか……」
 
 確かにエヴァの性格とか考えると、あの雰囲気は苦手そうだ。
 クラスメイトなんだから仲良くすれば良いじゃないか、とか思わなくも無いが、そこは俺が干渉するべき事ではないだろう。
 そこで視線を三人に向けると、こっちに手を振っていた。どうやら注文が決まったらしい。
 
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
「はい、私はオムライスと食後にケーキセットを。アコとアキラは?」
「せやな……、スモークチキンとフルーツトマトのパスタ。それに私も食後にケーキセットください」
「……卵とアスパラガスのパスタオーブン焼きと、同じくケーキセットお願いします」
「畏まりました。ケーキセットの紅茶はこちらから茶葉を選べますがいかが致しましょうか?」
「え? 選べるんですか? ちょ、ちょっと二人とも! どれにする?」
「えー、ウチ茶葉の種類なんてわからへんよー……」
「……ウェイターさんのお勧めでいいんじゃないかな?」
「ん、そうだね、それがいいかも。アコもいい?」
「ウチもそれで構わんよ。って言うか、種類もわからんのに選べへんよ」
「畏まりました、ではこちらでお選びさせて頂きます。……それとお客様、一つ訂正を。私、ウェイターではなく当店の店主、衛宮士郎と申します。一つお見知りおきを……」
 
 恭しく一礼。
 別にそのままでも良かったのだが、間違えて覚えられるのも悲しいので一応訂正を入れてみる。
 で、それに食いついてきたのは明石さんと呼ばれた子だった。
 
「えッ!? 嘘! 私てっきりバイトの高校生の人かと……」
「ははは、良く間違われます」
 
 や、間違われるも何も、自分が何歳かも覚えてないんだけどなー。
 
「あの、お幾つなんですか? 高校生くらいに見えますけど……」
「そこは企業秘密という事で」
「ええ~、いいじゃないですか、それ位。それとも同い年とか?」
 
 う……、幾らなんでもソレは……悪意が無いだけに余計傷つく。
 
「そこはご想像にお任せ致します。では、少々お待ちください」
 
 後ろからえ~、とかブーイングが聞こえたけど、なんとかその場を逃げ出しカウンターへと非難する。
 
エヴァ……」
「あん?」
「お前があの子達苦手って言ってた理由……何か分かる気がする……」
「……そうか」
「ああ……、お茶御代わりいる?」
「貰おう」
 
 なんだかお互い黙りこくってしまう。
 それに俺達の話について来れてないハテナ顔の茶々丸
 元気があって良い子達なのだろうけど、如何せん疲れる……。
 一人一人ならそうでもない……くもないないような気がする。結局どっち?
 ううぅ……恐るべしジェネレーションギャップ! なんて言うか時間の流れって残酷だ……。
 ――とりあえず注文の品を作るとしようか……。
 
「――では、ごゆっくりお楽しみください」
 
 そんなこんなで、作り終えた料理を全てテーブルの上に並べ、踵を返そうとする。
 
「わ、すごい……これ、全部衛宮さんが作ったんですか?」
「――ええ、私一人で全て取り仕切っておりますので……」 
「へー、一人でこれ全部作ったんですか……料理はいつぐらいから始めたんです?」
「……そうですね、私が初めて料理をしたのは大体7歳位のころでしょうか……。親が外を飛び回る仕事でしたので、必要に駆られて覚えた、という感じですかね」
 
 苦笑気味にその頃のことを思い出す。
 切嗣はいつもどこかに出かける事が多かったし、切嗣自身がジャンクフード好きという、いかにも健康に悪そうな嗜好だったので子供ながらに俺がしっかりしなければと思ったものだ。
 
「はぁー……、そんな小さな頃からですか。やっぱ経験が物を言うんですかねぇ……。あ、それより一つ気になってたんですけど――」
「はい、なんでしょうか?」
「その喋り方って……普段からそんなんなんですか?」
「……あ、それは私も気になってた……」
「ウチも」
「ああ、これですか? 流石に普段からこのような畏まった喋りをしているわけではございません。それでもやはり接客業ですので……」
「あ、やっぱりそうなんですか? ……だったら普段通りの喋り方にして貰えませんか?」
「おや……、もしや不快にさせてしまいましたか?」
「あ、そ、そんなんじゃないです! ……只、そんなに年も違わなそうな人に……まあ、年は教えてもらえてませんけど……、そんな人に畏まった喋り方されると落ち着かないっていうか……」
「……ふむ、そうですか……。しかし私の普段の喋り方は……その、そんなに良いとは言えない物なのですが……」
「ああ、そんなの私達は気にしませんよ、っていうかここの学園の人なら誰も気にしないんじゃないかな?」
「……うん、ここの人達、みんな大らか」
「せやねー」
「……そうですか?」
 
 そう言って視線を向けてみると、コクコクと頷いてくれる。
 そんな様子に思わず笑みがこぼれた。
 
「――ふう、分かった。じゃあ、これからはこんな喋り方させて貰うけど――良いのか?」
「はい! その方が自然ですしね! って言うかそっちの方が多分お客さん受けいいですよ? ね、二人とも!」
「うん、そっちの方が自然な感じやしな。さっきまではなんか違和感あったもん」 
「そうか? じゃあこれから宜しく。さあ、とりあえず皆、折角の料理だ。食べてくれみてくれ。このままだと冷めちまう」
「ああ、そうでした!」
「じゃ俺はデザートのケーキセットを準備するからゆっくり楽しんで行ってくれ」
 
 作ったものを元気に食べてくれるのは、こっちまで気持ち良くさせてくれる。
 さて、どのお茶を出したもんか。
 
「なんだ、随分長い間捕まっていたようだな?」
「ん、ちょっと話しが弾んでな……って、どうした? なんか不機嫌そうだけど」
 
 なんだ? 少し目を放した隙になにかあったと言うんだろうか?
 
「……なんでもない、構うな」
「? そうか? それより二人とも昼飯はまだだよな、なんか食べるか?」
「いらん、今は持ち合わせが少ないしな」
 
 そう言い残してエヴァは席を立とうとする。
 ……全く、まだそういう事を言いますかね、このチビッ子は。
 エヴァの頭をガシッ、と鷲掴みにして、席へ押し付け立たせないようにする。
 
「っ! 士郎、貴様なにをする!」
「だから、さっきも言っただろう? 家族だって……。家族から代金を取る馬鹿が何処にいるってんだ……」
「――――」
 
 エヴァは一瞬、ビクッ、と震えると、そのまま固まってしまった。
 茶々丸はその隣で立っていいものかどうか迷っている模様。
 
「で、どうする? 無料だってのに他で食べるのか?」
「…………食べる」
 
 エヴァは目を逸らし、ワザと不機嫌さを作るかのように小声でそう呟いた。
 
「うし、じゃあちょっと待ってろ。すぐ作るからな」
 
 頭に乗せた手をそのままクシャ、と掻き回す。
 
「い、いいからこの手をどけろ! お前は何でいちいち頭に手を置く!!」
「いやー、位置といい、大きさといい、掴みやすいというか撫でやすいと言うか……」
「そんな理由でいちいち手を置くな! 髪が乱れる!」
「――マスターは照れていらっしゃるだけです」
「ウルサイぞ茶々丸!?」
 
 エヴァは、まるで子犬が水を飛ばす時のような、ぷるぷるっという仕草で首を振り、俺の手を払った。
 そんなことをすれば、余計に髪がクシャクシャになってしまうんだけどな。
 俺はその仕草に笑いを堪えながら手早く料理を開始した。
 
「――ありがとうございましたー」
 
 暫くして、料理を食べ終えた三人を見送る。
 あの後に出したケーキセットも大変好評のようで、また来ますねと言う、嬉しい事を笑顔で言いながら帰ってくれた。
 
「ふん、ようやく帰ったか……」
「こら、いくら苦手だからって、クラスメイトをそういう風に邪険にしないっ」
「ああ、もう! 分かったから頭に手を置こうとするな……ったく」
 
 文句を言いながらも、料理を食べる手を止めようとはしない所を見ると、どうやら気に入ってくれたようだ。
 ちなみに二人が食べているのは、シーフードときのこのリゾットと言う、自慢の力作だ。
 そんな二人をカウンター越しに見て和んでいると、またベルが鳴った。
 
「すいません、こちらに衛宮士郎さんという方は……」
「――あ、君は桜咲さん。いらっしゃい、来てくれたんだな」
「ああ、衛宮さん。お約束通り遊びに来させてもらいました」
 
 来店したのはつい先日ぶつかってしまった、桜咲刹那さんだった。
 今日もあの長い竹刀袋を肩に担いでいる。
 
「さあ、好きな所に座って。出来る限りのもてなしはさせてもらうから」
「い、いえ! そこまでされては、逆にこちらが気を使ってしまいますので!」
 
 慌ててブンブンと手を振って遠慮されてしまった。
 ……確かに、あんまり気を使い過ぎるのもかえって重い物になってしまうかも知れない。
 反省。
 
「ふぁんふぁと? ふぁふふぁふぁふぃふぁと?」
 
 ……なんかエヴァが口をモゴモゴさせながら言ってる。
 
「口の中に物入れながら喋らない」
 
 軽く額にデコピン一発。
 ――あれ? 今思ったんだけど『デコピン』ってお『でこ』に『ピン』ってやるからそういう風に言うんだろうか?
 
「――ッンク。……痛いではないか士郎」
「だったらキチンと行儀良くしろよ」
「……いちいち煩い奴だなお前は、全く。それよりも――」
「――貴女は」
 
 桜咲さんはエヴァを見て、なにやら驚いて固まってしまっているようだ。
 それに対してエヴァは、なんか意地悪そうな顔で笑っている。
 
「――エヴァンジェリンさん……」
「フン、珍しいな刹那。お前がこのような所に来るとは」
 
 え、何だ? また知り合いか? なにやら二人して見つめ合ってるんだが。
 
「な、なあ、茶々丸。なに? また知り合いなわけか?」
 
 小声で茶々丸に問いかけてみる。
 そうすると俺の意図を察したのか、茶々丸も顔を寄せて、小声で返してくれた。
 
「ええ、クラスメイトの桜咲刹那さんです。士郎さんもお知り合いで?」
「……まあ、先日いろいろあってな」
「はあ、そうですか……」
 
 要領を得ない俺の返事に、茶々丸は曖昧な返事を返した。
 そにしても、こうも二人の知り合いばかり来るって言うのも物凄い確率なんではなかろうか?
 
「ま、まあ、そういう事もあるか……。さあ、桜咲さん、座って」
「なんだ士郎、お前たちも知り合いだったのか? ……ま、お前ならいいか。刹那ここに座れ」
 
 エヴァはそう言うと、自分の席の隣のカウンター椅子をポンポン叩いてそこに座るよう促していた。
 
「は、はい……」
 
 それに桜咲さんは俺とエヴァの顔を何度も往復させ、フラフラと席に着いた。
 
「あ、あの……お三方は知り合いだったのですか?」
「ん、色々と紆余曲折あってな……そういう君達こそクラスメイトなんだって? いや、凄い偶然だな」
「士郎、お前の方こそ、いつの間に刹那と知り合ったんだ?」
「この前、店の買出ししてた時にちょっとぶつかってしまってな、その時のお詫びとして招待したってわけ」
「お前もいちいち律儀なやつだな……」
「いいだろ別に……それより桜咲さん、なに食べる?」
「そ、そうですね……では、衛宮さんのお勧めをお願いします」
「了解、ちょっと待っててな」
 
 お勧めか……、ならばここは、昨日から煮込んだビーフシチューのセットにしよう。
 先ほど味を見てみたが、なかなかの仕上がり具合だった。これならバッチリだろう。
 
「それにしても、桜咲さんも普段からそういう風に畏まった話し方するのか? さっきまでの俺もあれだったけど……エヴァとはクラスメイトなんだから、俺に気を使わないで普段通り喋ってもいいんだぞ?」
「あ、いえ、私の場合はこれが地なので……それにそれを抜きにしても、エヴァンジェリンさんにそのような失礼は……」
「ん、なにだ? エヴァって学校でもこんなに偉そうなのか?」
「い、いえ! そのような事は決してッ!!」
 
 これまた手をブンブン振って否定するが、さっきと勢いが段違いだ。どれ位違うかっていうと手が分身して見える位違う。
 はて、何をそんなに焦っているんだろうか?
 
エヴァってば普段からムスッ、ってしてるから怖そうに見えるのか? でも、喋ってみればそんな事ないぞ? 結構面倒見も良いし。チビッ子だし」
 
 エヴァの頭をポンポン叩きながら一応釈明してみる。
 でも、確かに普段から不機嫌そうなのがクラスにいたら、敬遠されがちになってしまうんだろうとは思うが。
 
「誰がチビッ子だ! それにまた人の頭を……はぁ……、もう良い、好きにしろ。それより話を戻すが、刹那が言っているのは話しかけずらいとか、そのような類の事ではない。只、私が真祖だと言う事を知っているからだ」
「――え? って事は……」
「ああ、魔法使いに関係のある『こちら側』の人間だ」
エヴァンジェリンさん! 一般人の前でそのような事を……って、驚かれないんですね、衛宮さん……もしや衛宮さんも?」
「ああ、私達と”一応”同じだ」
「――なんと」
 
 なんか『一応』のあたりが微妙に強調されたような気がする。まあ、たしかに厳密な意味では同じじゃないからな。
 それはさておき、なんだ? 要約するとこの子も……。
 
「桜咲さんも魔法使いなのか?」
「あ、私は魔法使いではなくてですね――」
神鳴流剣士――どちらにせよ、そういう世界の人間という事だ」
 
 はあ、『剣士』か……。
 ってことは、やっぱりあの袋の中身は本物なのか……。
 
「そういう衛宮さんは魔法使いなのですか?」
「あ、うん。まあ、そうなのかな? ――うん、俺も魔法使いだ」
 
 ここで魔法使いじゃなくて魔術師です、なんて言っても混乱させるだけだし別にかまわないだろう。ましてや魔術使いなんて言ったら更に。それでも自分で魔法使いを名乗るのは、なんかやっぱり違和感あるな……。
 
「そう言えば、神鳴流って何処の流派なんだ?」
神鳴流ですか? 発祥は京都です。元々は京都を護り、魔を討つ為に組織された流派だと伝えられています。私は故あって離れてますが、退魔を目的として設立された流派だけあって歴史も長く、非常に強力です」
「へー……退魔ね……、じゃあその長い刀で戦うのか?」
「私の場合はそれだけとは言えませんが、主に使うのはこれですね。……しかし、衛宮さんはいつの間にこれを真剣の刀だと?」
「あ、悪い。この前拾った時に、竹刀や木刀にしては重いし、重心の位置からそうじゃないかって思ってたんだ」
 
 まあ、本当は持った瞬間に”解析”で分かってしまったんだけど。
 
「あ、いえ、謝っていただかなくても……。そうですか、あれだけで分かってしまうとは、なかなかの慧眼をお持ちで」
「それにしても刹那。お前まだ詠春の夕凪を使っているのか? そのような化け物相手用の野太刀など使いにくだろうに……」
「いえ、これは長から預かった大切な刀ですし……、私も長い間使っているので扱い難いということはありません」
「しかし人間相手では………………ふむ」
「……エヴァンジェリンさん?」
 
 エヴァは途中で言葉を切ってなにやら考え始めてしまったらしい。
 ……何気にこの子、考え事すること多いよなー。
 エヴァはなにやら考えていたみたいだったが、徐に顔を上げるとこちらを向いた。
 で、
 
 ――ニヤリ。
 
 そんな擬音が聞こえてきそうな笑みを俺に向けた。
 ……え? なに、その邪悪な笑い方は?
 っていうか、今の会話の流れで、どうして俺を見てそんな顔するかな!?
 良い予感が微塵もしやがらねぇー!!
 
「ならば刹那。一度試して見るのもいいかも知れんな」
「試す?……何をでしょうか?」
「無論、――対人戦だ」
 
 あ、嫌な予感が確信に進化した。
 
「あの、まさかエヴァンジェリンさんと……ですか?」
「フン、それこそまさかだ。魔力を封じられた私では話にもならん。――この士郎とだ」
「………………は?」
「ちょっと待てこのチビッ子! 何で俺が女の子と戦わなきゃならんのだ!!」
「チビッ子言うな! お前に拒否権など無い! 家主命令だ!」
「お、横暴だ! 茶々丸! お前からも何か言ってやってくれ!!」
「……申し訳ありません、士郎さん。マスターの命令は絶対ですので……」
「チクショウ! 誰かこのロリッ子を止められる奴はいないのかッ!?」
「ロリッ子も言うなぁーー!!」
「……お言葉ですが、士郎さんが止められないのなら、誰にもできないと思われますが……」
「わ、私も反対です! 何故衛宮さんと戦わねばならないのですか!?」
 
 が、頑張って桜咲さん! こんなチロリッ子(合体名)なんかに負けるな!
 
「――刹那、ここで自分の得物の長所短所を見極めておくのは無駄ではないと思うぞ?」
「……い、いえ、だからと言って」
「それにな、こう見えても士郎は学園広域指導員も兼任している。言わば自軍の戦力だ。ここで士郎の力量を知っておくのも、お前の大事な『お嬢様』を護る事に繋がると思わんか?」
「――っ!」
 
 今の言葉の何処に刺激されたのか俺には判らなかったが、桜咲さんは明らかに表情を強張らせた。
 
「ん? これもお前の仕事だろう? 刹那、――――いざという時に護り切れなくなってしまうぞ?」
「――わかりました」
 
 わかってしまわないで!? っく! やはりいつの世も憎まれっ子世に憚るってことなのか!
 
「あ、あの桜咲さん……?」
「申し訳ありません、衛宮さん……お手合わせ願います」
「よし、ならば夜になったら私の家に来い。場所はこちらで準備してやろう」
「分かりました、では失礼します」
 
 桜咲さんはそう言い残すと、俺をキッ、と一睨みし、そのまま席を立って出て行ってしまった。
 チリン、というベルの音が、やけにむなしく店内に響く。
 
「………………」
 
 ……あれー? 俺的には、ウフフ、アハハー、的な穏やかな雰囲気を想像してたんだけどなー。
 て言うか桜咲さん料理食ってねーし……。
 一体全体なんでこんな事になってしまったんだろうって考えるまでもねぇよコンチクショーーっ!!
 
「……エーヴァァァーーーー! なーに考えとるかお前はーーー!!」
「し、士郎さん、落ち着いて……」
 
 茶々丸がオロオロと止めてくれるが、そんなことで俺は止まらない。
 頭のてっぺんを鷲掴みにし強引にこちらを向かせる。
 けれど当のエヴァはそんな俺なんか露知らず、余裕たっぷりに未だに微笑んでいた。
 
「なに、そんなに答えを焦るな士郎。これはお前の為でもあるのだぞ?」
 
 フフン、なんて気取っているが、俺から頭を鷲掴みにされたままなので、どこか間の抜けた絵面に見えてしょうがない。
 
「……なんでさ」
「考えてもみろ、お前は学園広域指導員になったのだぞ? 取り締まる対象である生徒の実力を知っておくのは悪い話ではあるまい。生徒の中にも『こちら側』の人間はいるしな……それに刹那は、ああ見えてそこそこの手練だ、少なくともここの学生という範疇では最も強いと言えるだろう。即ち、刹那を取り押さえる事が出来れば、必然的に他の生徒に引けを取るということは無いと言うことだ」
「む……」
 
 そう言われてみれば確かに道理は通っている……のか?
 それでも女の子と戦うなんて……。
 
「それにこれは刹那にとっても意味のある事だ。先程も刹那に言ったがな、アイツはある者を護衛する為にこの学園にやって来たのだ。その者を護る為に味方、ないし敵となる者の実力を知っておくのは護衛上、重要な事なのだ」
「うーん…………」
 
 確かにそういう事ならいいのか……な?
 桜咲さんの敵になるつもりなんて微塵もないが、味方の戦力を把握したいと言うのは説得力があるし理解も出来る。
 
「……分かった、そういう事なら仕方ないか」
「うむ、では私達は帰る。料理、美味かったぞ。それとあまり遅くなるなよ」
「はいはい」
 
 そう言うと、二人は仲良く帰っていってしまった。
 
「……マスター、先程の話、本当なのですか? お二人の為にというのは」
「そんな訳ないだろう。私は士郎の実力の底を知りたいだけだ。この前はアイツの実力を測る前に終わってしまったからな、これはいい機会だ……。アハハハハハッ!」
「……やはりそう言った事情があったのですね……、士郎さんお労しや……」
 
 あーあーあー、聞ーこーえーなーいーっ!
 なんか聞こえたような気がするが気のせいだろう。ああ気のせいだとも!!
 二人と入れ替わるように、一気に来店しだしたお客さんを接客しながら、忙しさで何かを忘れようとする俺であった。
 
 やれやれ……なにやら厄介な事になったな…………。