第24話 狂気と変わらぬ誓い
――夜の帳が落ちる。
青かった空を、闇のカーテンが隠してしまったかのようだ。
「……あと僅かだ」
あの忌まわしい出来事から数日。
士郎は未だに深い眠りについたままだ。
茶々丸は学校を休み、片時も離れることなく看病を続けている。
私は忌々しい呪いのせいで学校には行かなければならなかったが、教室には一切向かわずに屋上で過ごしていた。
正直、坊やの顔でも見ようものなら感情を抑えつけられる自信はなかったし、抑えるつもりもなかった。
この時をどんなに待ち望んだだろうか。
ありとあらゆる感情をこの時の為に押し殺してきた。
今夜、全てから開放される。
停電をするという夜。
私が呪縛から開放されるのは今夜の20時から24時。
その4時間で全てにケリをつける。
坊やを誘き出す下準備も終了している。
その為にクラスメイトの一人を犠牲にした。
士郎の奴が聞けば間違いなく怒るだろう。
だが、犠牲と言ってもある種の催眠を少し施してやっただけ。この位は見逃してほしいものだ。
その者の名は佐々木まき絵。
ガキくさいのは減点だが、身体能力は非常に高く利用価値がある。
臨時の下僕として利用するする分には申し分ないだろう。
奴には、私の魔力が回復する少し前に、適当な人物を大浴場に誘導するよう暗示をかけてある。
これで私の僕たる半吸血鬼を複数作る計画だ。
ネギ・スプリングフィールド。
最初はガキだから多少は加減をしてやろうかとも思ったが……気が変わった。
――奴は私の大切なモノを傷付けた。その報いは受けてもらう。
「あの坊やには同等の苦しみを味わってもらわねばならん」
あの甘いお子様は必死になって向かって来るだろう。
心の中で愉悦が浮かぶ。
その光景を思い浮かべるだけで、思わず笑い出しそうになる。
『――こちらは放送部です。これより学園内は停電となります』
スピーカーから停電の始まりを告げる放送が聞こえる。
遂に来たか……長い戒めから抜け出す時が。
『学園の皆さんは極力外出を控えるようにしてくださ、』
ブツッ、と流れていた放送が途中で途切れた。
それと同時に地上から輝きが消え去る。
空に浮かぶ月が、益々その冷たい輝きが増したような気がする。
それに遅れる事一分ほど――。
「………ん………」
ふわりとした浮遊感。
まるで今までずっと何百キロもの重りを担いでいて、それが段々無くなっていくような感覚。
地面に足をつけているのに浮いているような錯覚。
ついで、身体の中心にせき止められていた大量の水が一気に流れては全身を巡っていく知覚。
――魔力だ。
「フ……フフ……ハハハハハハハハハハハァ! ……――これだ、…………これだこれだこれだこれだ――これだっ!! 随分と懐かしい感触じゃないか、おい! これだよ、これこれ! これが私の力だ!! もはや私を止められるモノなどありしはしない!!!」
純然たる事実でそんなモノいやしない。
今なら、例えこの学園都市全域からかき集めた魔法使い全てとやり合っても負けやしない!
「ククク……さあ、行こうじゃないか――なあ、ネギ・スプリングフィールド!」
さあ、まずは下僕の回収から始めようか――。
◆◇――――◇◆
「ふん、なるほどな」
場所は大浴場。
目の前には仮初めの下僕となる少女が四人。
佐々木まき絵、大河内アキラ、和泉亜子、明石裕奈。
いつも一緒につるんでいた連中だ。
佐々木まき絵を軸としているなら、このメンバーなのも頷ける。
「さて、10分で来るか、それとも逃げるか」
たった今、坊やに対して使いを出して、10分でこの大浴場に来るように伝えておいた。
あの甘ちゃんの坊やの事だ、今頃人質が居ると知って血相を変えて準備をしている事だろう。
「――マスター、只今参りました」
背後に気配が現れる。
「茶々丸か……手筈はどうだ?」
「万事滞りなく……」
「そうか、ならいい」
背後にいる茶々丸を見ることなく短く答える。
後は坊やを待つだけか……。
「……マスター、質問しても宜しいでしょうか?」
「――なんだ」
「あの、本当にネギ先生を……?」
「ふん、何を今更……いいか、奴には二つも貸しがあるんだぞ。一つはナギが私にかけた”登校地獄の呪い”、これの原因はナギにあるが、ヤツに解かせるのは最早かなわない……。なれば、その息子である坊やに貸しを返してもらうだけだ。そしてもう一つ……――坊やは士郎を傷付けた。これは坊や――ネギ・スプリングフィールドがしでかした事だ。当然、自身で償ってもらう」
「……マスターは女性や子供の方を殺めた事はないと聞きました。それは今回もですよね……?」
茶々丸は当然そうである様に尋ねた。
確かに私は、戦う覚悟のない女子供を殺した事は無かった。
だが、
「ふん、確かにな。だが、――今回はどうかな。確かに最初から殺す気でやる気は無い。しかしな……今回も私が上手く加減出来るとは限らん。はっきり言えば……頭に来ててな。――思わず殺してしまうかもしれんな」
「そ、そんな……」
背後で茶々丸が押し黙るが、そちらを気にかける余裕も無い。
先程から魔力の高まりと共に、湧き上がる憎悪が抑えられないのだ。
家に担ぎこまれて来た時の士郎の、まるで死人と見間違う程の顔色を思い出すだけで、歯を砕けそうなほど力強く噛み締めてしまう。
ギリギリという歯軋りの音が脳髄に響く。
思考は白熱化して、もはや真っ白だ。
「――エヴァンジェリンさん!! ……どこですか、まき絵さんを放してください……!」
――声が聞こえた。
待ち望んでいた声だ。
「…………来たな、坊や。逃げずに来てくれて私は嬉しいぞ」
目の前に一人の少年。
ナギ・スプリングフィールドの面影を見せる、ヤツの息子だ。
――ああ……、ようやく、ようやくだ、士郎。
今、ヤツに償わせてやる。
士郎、お前を傷付けた罪を償わせてやるっ!
「……っ! エ、エヴァンジェリンさん! まき絵さんだけじゃなく、アキラさん、ゆーなさん、亜子さんまでっ……。皆さんを放してください!」
強い意志の篭もった瞳で私を見据える。
こいつ等を放せだと?
……ふん、そんな物。
「そんなモン、今すぐにでも放してやるさ」
「さもないと僕…………って、――え?」
私の答えが予想外だったのだろう。
間の抜けた表情で呆けている。
「――勘違いするなよ。こいつ等は貴様が逃げ出さんように用意した人質だ。坊やがやって来た今、もう利用価値は無い」
パチン、と私が指を鳴らすと、少女達は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「っ! 皆さん!!」
「……いちいちうろたえるな、鬱陶しい。気を失っているだけだ」
「……エヴァンジェリンさん。どうしてこんな酷いコトをするんですか!? 僕が目的なのに……何の関係も無いクラスメートの皆さんを巻き込むなんて……!」
――――酷い、だと?
今、このガキは酷いと言ったのか?
「――面白いコトを言うじゃないか、坊や。……ならば逆にこちらから聞くがな。私が酷いというならば貴様の父親……ナギ・スプリングフィールドが私にした事はどう判断する。15年もの間、閉じ込められ続けてきた私は酷いコトをされていないとでも言うつもりか?」
「そ、それは……アナタが昔に悪いコトをしていたから……」
「……それにな、貴様自身のしでかしたコトはどう説明するつもりだ?」
「え――僕のって……」
意味が分からないといった表情で私を見る。
――イラつく。
今すぐ、そのとぼけた面を潰してしまおうか。
「――貴様……よもや知らない、などとは抜かすまいな。貴様が誰も傷付けていないと言うのではあるまいなっ!」
「…………そ、それって。――え? なん、で……え、どうして、エヴァンジェリンさんがそれを…………」
思い至ったのか、明らかに動揺を表に出す。
「そうだ、貴様は士郎を……――衛宮士郎を傷付けたッ!!!!」
「え、衛宮さんって…………どうしてアナタが衛宮さんのコトをっ? ――い、いえ、そんな事より衛宮さんは無事なんですか!?」
私と士郎の関係を知らないのだろう。
それに対して僅かに驚きながらも士郎の安否を確認してくる。
「――生きてるさ」
それに短く答える。
それを聞くと坊やは、安心したかの如く安堵のため息をついているのが分かる。
「そ、そうですか……良かったです。僕も何がなんだか分からないまま茶々丸さんが連れて行ってしまって……。でもそうですか……安心しました……」
良かった良かった、などと言って本気で安心している。
それを見た瞬間、心の奥底からドス黒く、圧倒的な感情が湧き上がって来た。
――コロシテヤリタイ――
「――――何を、安心なんかしている」
「――え……、ひっ!?」
坊やが一瞬にして恐怖に身体を竦めた。
理由は……分かっている。
私自身、全く抑制の効かない殺気が質量を持ったかのように坊やを縛り付けているからだ。
……だが、それがどうした。
もはや私の口は、ソレ自身が意志を持ったかのごとく矢継ぎ早に言葉を投げつけた。
「…………死にそうだったんだぞ? 失血によって刻々と冷たくなって行く様を傍らで見続けたんだぞっ。死人のように血の気の無い顔で眠り続けるのを見続けたんだぞ! 意識もハッキリしないというのに、人の心配ばかりしている馬鹿を相手にし続けたのぞっ――!!? ――それを!! 貴様如きが軽々しく良かったなどと抜かすんじゃないっっっ!!!!」
「――っ――っ――……」
気が付けば私は肩で息をしていた。
感情の制御が出来ない。
私は喉が張り裂けんばかりの声量で、声を叩きつけていた。
それのせいだろう。
坊やは、声と一緒に叩き付けた殺気によって軽い呼吸困難に陥っている。
それを見やると幾分か気分が晴れる。
「――ふん……何時までも怯えてるんじゃない。構えな、坊や」
「――っ!」
それでようやく殺気をはねのける事に成功したのか、手にした杖をバッと身構えた。
それと同時に、着込んだローブの下からいくつもの杖や魔法銃を覗かせる。
魔法の道具のフル装備か、安くはないだろうに。
――だが、
「そうだ、それでいい……せいぜい足掻き続けろ。出し惜しみなど考えるな。貴様の血をもってサウザンドマスターの罪を償ってもらう。貴様が足掻き続けるその時間、それを士郎への贖いとして宛がってもらう」
両手を左右に広げマントを翻す。
空を見上げると欠けた月が浮かぶ。
満月でないのが残念だ。
右手を月に向かって伸ばし術を紡いだ。
「――気を抜くなよ、ネギ・スプリングフィールド。一瞬でも抜けばその瞬間、貴様の喉笛は食い千切られると思え――!」
放たれる199本もの氷の魔弾。
今、魔法使いの夜が幕を開ける――。
◆◇――――◇◆
――誰かが泣いている。
そんな夢を見ていた気がする。
沈殿していた意識が何かに誘われるようにゆっくりと浮上を始めた。
「……………………あ、れ」
ゆっくりと目を開けてみてもそこは真っ暗闇だった。
明かりと言える物は、それこそ窓から差し込む月明かりだけ。
「…………俺、どうしたんだっけか……」
寝起きは良い方だった筈なのだが、今は頭が上手く回らない。
頭を横に動かして見て分かったが、俺はどうやらソファーに寝ていたらしい。
「……なんだってこんな所で寝てんだか」
いかんな、気が抜けている証拠だ。
頭を振って身体を起こす。
「――――っと」
眩暈がした。
開いた瞳に移った光景がぼやけてしまう。
右手で身体を支えながら、空いたほうの手で顔を押さえる。
と、
「……あれ、なんだ?」
右手に触れる感触が普段の自分の肌のそれとは違うモノに触れる。
不思議に思い、それを手でなぞっていくと頭に何かが巻かれているようだ。
「何だ、こりゃ?」
訳が分からない。
何度も頭をさすって見てもこんな物を巻いた覚えが無い。
「……――痛っ」
と、手が左のコメカミ辺りに触れると鋭い痛みが走った。
「……もしかして、これ包帯か?」
呟いて見てもそれに答えるモノは誰もいない。
って、考えてみれば、俺なんでエヴァの家にいるんだ?
エヴァとケンカして追い出された筈なのに……。
ますます訳が分からない。
「……そういや二人とも何処行ってるんだ?」
こんなに暗くなるまで二人とも帰ってこないというのは、俺の知ってる範囲では一度も無かったはずだ。
「…………取り合えず灯り点けるか」
こんな暗闇で悶々と考えていても何かが分かるわけが無い。
立ち上がってスイッチの所へと向かう。
すると、右の足首にズキズキとした鈍い痛みが走るが、引きするように歩く。
その途中、何故かフラフラして何度か転びそうになり、物にぶつかってガタガタと人形を落としてしまう。
それでも何とか辿り着いく。
手探りでスイッチの感触を確かめるとカチリ、と灯りが点いて、
「――あれ?」
点かない。
何度もカチカチとスイッチを弄ってみても一向に反応を示さない。
「故障……か?」
電灯を見上げながら呟いてみても状況は何も変わらない。
と、
「――ナンダ、ナンカウルセェト思ッタラ……目ェ覚メタカ」
聞き覚えのある声が暗闇の中に響いた。
「……チャチャゼロか、二人はどうしたんだ?」
「……ッタク、相変ワラズ人様ノ心配カヨ……ンナコトヨリ衛宮、オ前、身体ハ大丈夫ナンカヨ?」
何かが動く気配が闇の向こう側からする。
「ああ、なんかフラフラするは足は痛いはでボロボロなんだけど……なんでだ?」
「何ダ、覚エテネェノカ? マ、アノ状況ジャ仕方ネェーカ……」
「チャチャゼロ、一人で納得してないで、知ってるんだったら教えてくれよ。……って言うより、お前何処いるんだ?」
声はすれども姿は見えず。
顔を見ないで話をするのはどうにも落ち着かない。
「アア、手前ェハアンマ動クナ。今ソッチニ行ッテヤッカラヨ」
と、地下に続く階段から小さな人影が浮かび上がる。
それはやけに小さなシルエットで、それが左右に揺れているのが見て取れた。
「……って、え? お、お前……なんで動いて……」
現れたのはチャチャゼロ本人だった。
人形の頼り無い足だが、地面に脚をつき、しっかりと歩いている。
その手にはワインのようなボトルが一本握られていた。
「……ッタク、折角ノ夜ダッテノニ留守番ッテ酷イトオモワネェカ? 飲マナキャヤッテランネェーッテノ……」
チャチャゼロはそうぼやくと、手に持ったボトルをラッパ飲みするように傾けた。
「――マ、俺ガ動ケル理由ハ単純ダ。今ハ御主人ノ魔力ガ元ニ戻ッテルカラナ」
「魔力が戻って……って、じゃ、じゃあ! 今日は――」
「アア、手前ェモ概要ハ知ッテルンダヨナ……”メンテナンス”ノ日ダ」
「――もしかして二人がいないのも……」
背中を嫌な汗が流れ落ちる。
「マ、オ前ノ考エテイル通リダト思ウゼ?」
もう一度ボトルを傾けてなんでもない風にチャチャゼロは言う。
「……っくっそ! 寝ぼけている場合じゃなかった!!」
何をしているんだ俺は!
これじゃあ何の為に喧嘩までして、エヴァの家を出たのか分からないじゃないか!!
慌ててエヴァを探そうと走り出す。
が、
「――マァ、待テヨ衛宮」
ザッ、という僅かな音と共に、チャチャゼロが思いも寄らない程の素早い動きで俺の前に立ち塞がった。
「な……お前……」
「人ノ話ハ最後マデ聞クモンダゼ? ナニモ御主人ハ封印ヲ解ク為ダケニ、アノネギッテ坊主ヲ襲イニ行ッタンジャネェーンダゼ?」
「……どう言う事だ?」
「ホントニ思イ出サネェーノカ? ――衛宮、手前ェノ為ダヨ」
「――え、俺、の……?」
俺のって……なんで……。
何故そこで俺の話が出てくる。
「イイカ、衛宮。オ前ハ、アノネギッテ坊主ノセイデ大怪我サセラレタンダゾ」
「俺が、怪我を……」
頭に巻いた包帯を手で触る。
……そうか、これにはそういった理由があったのか。
……鈍い痛みと共に記憶が戻ってくる。
あの日、俺はエヴァの家に向かっていた。
エヴァと仲直りしたくて、自分で作った弁当を持って。
そのエヴァの家へと続く道で、なにやら争っている茶々丸と、それに対峙しているネギ君とアスナの姿を認めた。
そこから先は……正直何を考えて動いたか良く覚えていない。
ネギ君の周りを淡い光球が漂い始めた。それを見た瞬間、身体が勝手に動いていたのだ。
茶々丸目掛けて光弾が飛んで行く、その途中。
なにやら叫びかけて、俺の登場に驚いて声を止めたネギ君とアスナが見えたけど、それに構っている余裕なんか……なかった。
ただ俺は最速で茶々丸に飛びついて……そこから先の記憶は無かった。
「結構深クテナ……マァ、下手シナクテモ、アノママダッタラ死ンデタンジャネェーカ? ソレデ御主人ハブチ切レチマッテ……イヤー、アンナニ怒リ狂ッタ御主人、初メテ見タゼ。ツマリ御主人ハオ前ノ仇討チヲシニ行ッタンダ」
「――って、仇討ちだって!?」
そんなコトなら尚更止めないと――!
「ダカラ待テッテ言ッテンダロ。俺ハ、今回ノコトニ関シチャ御主人ガ正シイト思ウゼ? 故意カ手違イカハ俺ガ知ッタコッチャネェーケドヨ、ンナコト関係ネェー。自分ノシデカシタ事ニハ、責任ト覚悟ヲ持タナクチャイケネェーンダ。ソレガ”力”ヲ持ッタヤツノ業ッテモンダロウガ。ソレガコノ世ノ、善悪問ワズノ常識ッテモンダロウガ」
「…………」
チャチャゼロの言っている事は、きっと正しい。
本人が望む望まないに関わらず、力を持ってしまったのならば、それに見合った責任と覚悟が必要だ。
拳銃を手にしたのならその引き金は自らの意志で引く責任と、自分も同じ事をされる覚悟を負わなければならない。
因果応報。
それが世の中の理だろう。
――でも。
「アノ坊主ハ……衛宮、手前ェヲ死ノ寸前マデ追イ込ンダ。ソノ責任ハ取ラナキャナンネェー」
「…………それでも、俺は行く」
「……衛宮……手前ェーモワカンネェヤツダナ。ガキダロウガナンダロウガ、ソノ”力”ハ手前ェダケノモンダ。”力”ノ使イ方ヲ知ラナカッタ、間違ッタ、ジャ済マネェーンダヨ。ガキノシデカシタ事ノ責任ハ親ニアル、トカソンナ法律ミテーナ甘ッタレタ生ヌリー事言ッテルワケジャネェンダゾ? ――イイカ衛宮、俺ハナ、」
チャチャゼロは一旦言葉を区切ると、俺を睨みつけ――その言葉を口にした。
「――”自分ノシデカシタコトノ責任ヲ、他人ヤ他所ニ擦リ付ケルヤツハ死ンジマエ”、ッテ言ッテンダヨ」
覚悟の無いヤツは死ね。
チャチャゼロはそう言った。
厳しい言葉だがそれを理解してしまう自分がいる。
でも――。
それでも――。
「それでも、俺は行く」
「…………衛宮、手前ェ」
「――分かる、分かってる、分かってるさ。大きな力とそれに見合った責任って言うのが抱き合わせだって事ぐらい。それが世の中の道理だって事ぐらい分かってる。――でもな、だったらそれがなんだってんだ。嫌なんだよ、そういうの! 世界の理とか、道理なんて、そんな下らない物――そんな物がそんなに大事かよ! それは誰かの犠牲を容認しなきゃいけないほど大層なものなのか!? ……だったら俺は世界をだって否定してやる。そんな下らない物が世界の真理って言うなら、俺は世界を相手にだって戦ってやる! そんな事より、手が届く範囲で誰かが傷つき泣いている――俺にはその事の方が耐えられない!!」
誰かの為になる。
そう誓ったのだ。
それが果たせないのであれば、衛宮士郎に価値なんて無い。
だから行かないと――。
「――――」
押し黙るチャチャゼロの脇を抜け、痛む頭と足を引き摺って扉を開ける。
これではこの前のエヴァとのケンカの焼き直しだ。
だけど俺には譲れないモノがある。
俺が衛宮士郎である為にも行かないと――。
「――待テヨ、衛宮」
三度、チャチャゼロの俺を引き止める声。
「待たない。一刻も早く行ってエヴァを止めないと。だから、チャチャゼロ――これ以上引き止めるなら……」
「――引キ止メルナラ……ドウダッテンダ? 俺ヲ倒シテカラ行クカ?」
チャチャゼロが楽し気に笑うのと共に、圧迫感が急激に増した。
殺気。
そう、これは間違いなく殺気だ。
首筋の辺りがチリチリと焼けるような感覚が突き刺さる。
「ソウ言エバ俺ガ大人シク引キ下ガルトデモ思ッテンノカ。コンナ不良”従者”ダケドヨ、御主人ノ味方デアルコトニカワリハネェーンダゼ? 手前ェガ御主人ノ邪魔シニ行クッテ言ウナラ……」
「…………」
殺気が膨れ上がる。
とてもじゃないが、小さな人形から放たれるレベルの代物じゃない。
俺は役立たずの頭と右足に力を込めて――、
「――――ッテ、思ッタケド……止メタ」
「――――え?」
チャチャゼロの言葉に思考が追いつかない。
ただ、先程までの濃い殺気は、ウソのように霧散してしまっている。
「…………いいのか?」
そんな状況に着いていけなかった俺は、思わず聞いてみてしまう。
「ンア? アー……マァ、別ニ構ウコタァーネェーダロウヨ。正直、手前ェト”ヤリ合イタイ”ッテノハ本音ダカラヨ、ソレガ残念ッチャ残念ダケドヨ」
手にしたワインのボトルを煽る。
だがそれは既に空だったのか、何度逆さまにして振ってみても何も落ちてこない。
チャチャゼロはそれに舌打ちすると俺の脇を通り抜けて外へと出て行く。
「ソンナコトシタラ、怒リ狂ッタ御主人ニ何サレルカワカッタモンジャネェーカラナ」
ケケケ、と楽しげに笑っている。
そうしてそのままヨチヨチと何処かに向かって歩き出した。
「お、おい……?」
「行クンダロ? 着イテ来ナ。ドウセ手前ェノコトダカラ止メタッテ聞カネェンダカラヨ。ソレナラ俺ガ真ッ直グニ御主人ノ場所マデ案内シテヤンゼ」
「……いいのか?」
「ダカラ良イッテ言ッテンダローガ。ケド覚悟シロヨ? 今ノ御主人ハブチ切レマクッテ昔ニ戻ッチマッテルカラナ、イクラ手前ェノ言ウコトダロウト聞クカワカンネェゾ?」
「……分かってる。それでも俺は行かなきゃいけないんだ」
「――ッタク、コノ他人様至上主義ノ頑固馬鹿ガ……手前ェモ良イ感ジデ歪ンデヤガルナ……。……ワカッタ、ワカッタヨ、手前ェノ言イ分ハ。……急グゾ衛宮、今ノ御主人ハ恐ラク加減ガ効カネェ。ソシテ加減スル気ナンテ微塵モアリャシネーダロウヨ。下手スリャ既ニ手遅レニナッテテモオカシクネェーゾ」
死んでいても不思議じゃない。
チャチャゼロは最悪の結果を何でもないかのように口にする。
普通に考えればそうかもしれない。
――でも。
「――きっと、大丈夫だ。エヴァならそんな事はしやしない」
「――――ハ……、ケケケ! イイネイイネ、御主人! 信頼サレテンジャネェーカヨ! クックック……コリャ、ソレヲ聞イタ時ノ御主人顔ガ楽シミダ……。ヨシ、俺モヤル気出テ来タゼ。飛バスゾ、衛宮。ソノ役立タズノ足デ着イレコレルモンナラ着イテ来ヤガレ!」
まるで弾丸のように走り出すチャチャゼロ。
そのスピードはチャチャゼロの見た目に見合わない凄まじい速度だ。
「――言われなくたって着いて行くさ! 例え足が使い物にならなくなったってな――っ!!」
間に合わない俺なんかに用は無い。
そして間に合わないなんて事もきっと……いや、絶対に無い。
エヴァがそんなコトをする筈が無い。
明かりの消えた町並みを二つの影が駆け抜ける。
その辿り着く先には、きっと光があると信じて――――。