第8話  開店準備はドタバタで

 
 翌日、俺は学園長室にやってきていた。無論、昨日言い渡された学園広域指導員の件で話を聞くためである。
 しかし、こうやって再び重厚な雰囲気の扉の前に立つと、いささか気後れみたいなものをしてしまう。
 昨日はエヴァがいたから平気だったが、改めてこういう所に来るのはやはり緊張するものだ。
 息を吸い、気を落ち着けて、心の中でよしっ、と気合を入れ、重厚なドアをノックする。
 
「入りたまえ」
 
 中から聞こえてきた学園長の声に促され、扉を押し開く。
 中には学園長ともう一人、メガネ姿の男の人が立っていた。
 
「失礼します。……お早う御座います、学園長」
「うむ、お早う。昨日は良く眠れたかの?」
「ええ、あの子達には良くして貰いましたから」
「フォッフォッフォ、そうかそうか、それは何よりじゃった。それでは早速じゃが紹介をしよう、こちらが君の先任にあたる高畑先生じゃ」
「始めまして、高畑・T・タカミチです。話は学園長から聞いているよ、これからよろしく」
衛宮士郎です。こちらこそ、これから迷惑かけると思いますけど、よろしくお願いします」
 
 そう言って二人で握手を交わす。
 うん、なんと言うか、とても落ち着いた感じの、優しそうな人だ。
 
「高畑くんは中等部2−Aの担任を兼任しておる……つまりエヴァの担任でもあるわけじゃな。また、麻帆良に在住する魔法先生達の中で有名人でもある。仲良くするんじゃぞ」
「はい、分かりました」
「うむ、では早速じゃが高畑くん、衛宮くんに仕事の内容を教えて上げてくれるかの?」
「了解です、学園長。じゃあ行こうか衛宮くん」
「はい」
 
 高畑先生と連れ立って学園長室を後にする。後ろから聞こえてきた「頑張るんじゃぞ~」という気の抜けた声にちょっと脱力したのは、まあ余談だろう。
 
「それじゃあ、改めてよろしく、衛宮君」
「こちらこそお願いします、高畑先生」
「あー……その呼び方だとちょっと堅苦しいね、君は生徒では無いわけだし。タカミチでいいよ」
「じゃあタカミチさんで、自分の事も士郎って呼んで下さい」
「うん、分かったよ士郎君」
 
 うん、やっぱり良い人だ。
 
「それじゃ、時間も余り無いし歩きながら説明しようか。まず、僕達の仕事は簡単に言ってしまえば学園内で起きる揉め事を鎮圧することだ」
「鎮圧……ですか? なんか言い方が物騒ですね……。けど普通、そういうのって生活指導の先生とかがやるんじゃ?」
 
 タカミチさんは俺の言葉にあはは、と苦笑して頭をかいた。
 
「まあ、普通はそうなんだけどね……、ウチの生徒達は皆、その、なんていうか……、良くも悪くも優秀でね。騒ぎが大きかったりすると生活指導の先生とかじゃ対応しきれない事が多いんだ」
「……はあ、なるほど。つまりお祭り騒ぎが好きな生徒が多いんですね」
「あはは、うん、そうだね。だからそれを止めたり未然に防いだりするのが僕達の仕事ってことさ」
「……なかなか難しそうですね。でも、学園ってもしかしてこの都市全部をカバーするんですか?」
 
 だとしたら一体何人いれば全地域をカバーできるんだ?
 全容を知っているわけでもないが、かなり広大な規模の敷地を誇っているのは想像に難くない。
 
「まあ、一応はそうなるけどそんなに走り回ったりはしなくていいよ。とりあえず、見える範囲で起こった事に対処してくれれば」
「……そんなもんですか?」
「うん、そんなもんだよ」
 
 ――いや、待て。
 なんか一瞬安心しかけたけど、それは言葉を返せば、そうやって簡単に見える範囲ですらトラブルが頻発するって事なんじゃないか?
 ……大丈夫か、俺。
 まあ、引き受けてしまったものは仕方ない。なるようにしかならんだろう。……なるといいなあ。
 
「後何か注意事項とかありますか?」
「う~ん……そうだね。騒動とか鎮静化する時に、魔法とか使ってもいいけどあくまでもバレないようにね? 君もその年でオコジョになりたくないだろう?」
「………………はあ、オコジョ、ですか?」
「? うん、だから十分に気をつけてくれよ?」
「あの、オコジョ、」
 
 って何ですか? と聞く前に、鐘の音がリンゴンと鳴り響いた。
 始業のチャイムのようだ。
 
「おっと、いけない! もうこんな時間だ。じゃあ僕はこれから授業があるから、行くよ。お互い、頑張ろうな」
「え、あ、はい!」
 
 そう言って慌しく去っていくタカミチさんの背中を見送り、腕組みして考える。。
 えっと、つまりあれか? 店やってたりする時にでもいいから騒動とか見つけたら止めればいいってことなんだろうか?
 ――あと、オコジョってなにさ?
 とりあえずまた会った時にでも確認しよう。
 さて、と気を取り直し、辺りを見回す。
 
「――――俺、これからなにすればいいんだ?」
 
 考えてみれば内容を聞いただけでやり方とか知らない。
 かと言って、もう見えなくなってしまったタカミチさんを探しても、学園内を良く知らない俺がウロウロすると迷子になるだけだと思う。
 というか、そもそもこんな私服で学園内を歩いたりしていいんだろうか?
 見た目だけなら学生に見えるかもしれないが、制服とか着てないとかえって目立つ。
 
「スーツとか買ったりすればいいんだろうか……」
 
 とりあえず買いに行くにしてもエヴァ茶々丸に店を教えてもらってからの方いいだろう。
 店の場所もまだ把握していないし、無駄にうろうろするのも滅入るものだ。
 
「……あ、店っていえば」
 
 そういえば店の準備とかしなければ。
 材料とかはもう注文してあるので、10時くらいには届き始める予定だ。
 
「今から行けば……うん、ちょっと早いかもしれないけど丁度いいか」
 
 決まれば早速実行。たくさんの生徒達が登校してくる流れを、逆らうように縫って路面電車に飛び乗る。
 登校時間に逆方向へと向かう路面電車に乗る生徒は流石にいないのか、中はがら空きだった。
 そんな車内から登校風景をゆっくりと眺める。
 それにしても、相変わらず凄い人の数である。そうそう見る事のない大人数の登校風景は、ある意味圧巻だ。
 そうして気付く一つの真実。
 
「………って言うか、皆走ってるって事は、これ全部、遅刻ギリギリの生徒かよ……」
 
 大丈夫かよこの学園、とか突っ込んでみる。
 この様子だと何気に問題児とか多いんじゃなかろうか?
 なんというか、タカミチさんはあんな簡単に言っていたけど、もしかしてもの凄く大変なんじゃないだろうか、学園広域指導員って。
 早速、暗澹たる気持ちに陥りそうになりながら、店への道を急いだ。
 
 
◆◇――――◇◆
 
「あ、それはそこに置いといてください。ええ、そこです。――じゃあ、これから何かとお世話になると思いますんで、よろしくお願いします。あ、連絡先とかいいですか? はい……はい……分かりました。では、ご苦労様です。あ、これ飲んでください……いえいえ、どう致しまして。じゃ、お疲れ様です」
 
 荷物を運んできてくれた業者さんに、缶コーヒーを渡し見送る。こういうのは業者さんとの良い関係作りがポイントだ。仲良くなれば安く卸してもらえるし、ある程度の融通が効く様になる。コペンハーゲンで培った知識だ。
 
「……さて、これで全部揃ったな」
 
 だからといって終わった分けではない。むしろこれからが本番だ。
 一応予定とはいえ、明日には開店するのだから、清掃や下拵え、釣り銭の準備などやることはたくさんある。
 
「うし! 気合入れてやるか!」
 
 そうして休憩を挟みつつ作業へと没頭する。
 そうやって手を動かしながらここ数日で起こった出来事を整理する。
 まず最初に異世界に来た。
 …………。
 いきなり、え~……って感じの出だしである。
 それはさて置き、それからエヴァ茶々丸に出会い、なんだかんだの内に仕事を紹介され、ついでにエヴァの家に居候する事になった。
 そして昨夜の地下室での出来事。
 エヴァの過去を知り、俯く頭に手を乗せた後に向けられた笑顔。
 
「……あんな風にも笑えるんだな」
 
 例え長い年月を過ごしていようが、やはり彼女は女の子なのだ。
 笑顔のとても似合う女の子なのだ。
 その彼女を苦しめているのは話にも出ていた”呪い”なのだろう。
 ”呪い”。
 それを解く術は――ある。
 実のところ、ある事にはあるのだ。
 ”破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”。
 あの究極とも呼べる対魔術宝具を使えば、確かに呪いは解呪できるだろう。
 だったらさっさと呪いを解けばいい話なのだが、ここであることがネックになっている。
 それはエヴァが吸血鬼であると言う事。
 元々、生まれ着いての吸血鬼であれば話は変わるのだろうが、エヴァも自身で”最初は人間だった”と言っていた。更に”これは呪いのようなものだ”とも。
 つまりは吸血鬼となっている事象事態も、呪いによるものだという可能性が高い。
 もしもこの呪いも一緒に解けてしまったら?
 ”担い手”たるキャスターや、アーチャーの奴だったら、もしかすると特定の呪いに対してのみ効果を限定して、使用できるのかも知れないが、未だ未熟な俺にはそこまで器用な真似は出来ない。恐らく術や呪いといった物の効果全てまとめて解呪、と言う形になってしまうだろう。
 その場合、吸血鬼として長い年月を生きていたのにそれがいきなり解かれてしまったら……どうなるだろうか?
 良ければ人間に戻るのかもしれないが最悪……数百年の月日が、一瞬でエヴァを襲い、死んでしまう可能性もある。
 それはあまりにも分の悪すぎる賭けだ。試すわけにはいかない。
 となると、俺はこの件に関しては無力、と言う事になってしまった訳だ。
 
「……ままならないよな」
 
 一人呟き、その歯痒さを身に刻み込む。
 すると不意に、チリンとベルの鳴る音が聞こえた。
 
「やはりここにいたか……へえ、なんだ、なかなか形になっているじゃないか」
「お疲れ様です、士郎さん」
 
 顔を上げると、学生服姿のエヴァ茶々丸が揃って立っていた。
 
「あれ? 二人ともどうしたんだ」
 
 もしかして、さぼってるのか? と、思って時計を見てみるととっくに授業が終わるような時間になっていた。
 
「うわ、気がつかなかった……もう、こんな時間だったのか」
「そんなことより何故そんなに急いで準備をしているんだ? まさか明日から営業するわけでもあるまいし」
「……や、明日から営業しようかと思っているんだが」
「……………………馬鹿か、お前は」
 
 う、なんとも冷たい視線。嫌な感じの流し目が良くお似合いで……。
 しかし、自分でも少しはそう思わなくもないので苦笑するしかない。
 
「……馬鹿とはあんまりだな。でも、なんかさ、俺も早くやってみたくて結構楽しみなんだよ」
「……まあ、いいがな。しかしそんなに急ぐと物事を見落とすぞ?」
「む、失敬な。これでも昔、こういうバイトはしていたんだ。準備に抜かりはない筈だ」
「そうか? そこまで言うのなら……そうだな、ならばここの店の名前はなんと名付けたのだ?」
「…………………」
 
 ――――やば。
 
「……その沈黙は、どう解釈すればいいのだ? 後は……まさかその格好で店に立つわけではあるまい? 服はどうするのだ?」
 
 ぐ、なんて的確なピンポイント射撃! まさに俺の痛い所狙い撃ちだ!!
 
「――それは、えーと、だな……」
「……ふう、ほら見ろ。やはり抜けているではないか……仕方ない、私も手伝ってやる。おい茶々丸、お前も考えろ」
「はい、マスター」
「うー……、すまん、助かる」
 
 真に情けないが格好つけている場合ではない。
 二人が手伝ってくれると言うなら、これほど有難いものはなかった。
 
「さて、では店の名前が先決か。どうせ士郎のことだから看板の注文もしていないだろうからな」
「……そりゃ、名前考えてなかったからな」
「いじけるな、全く……、で? 何にするんだ?」
「……むう」
 
 と、言われても困ってしまう。
 そんなにすぐ格好いい名前が出てくるようなセンスを、俺に期待しないでいただきたい。
 
「思い浮かばんか? そうだな……、助言するとすれば……だ。こういうものは変に考えすぎたりしない方がいいぞ? 格好付けようとして下手に気取った名前をつけると後で自分で恥ずかしくなるから止めておけ。そうなったら目も当てられん。かえって単純で、身近に感じる物ほど他人にも受け入れられやすいものだ。だから自分の好きな物の名前や場所、情景の名前の方が馴染みやすい」
「なるほど」
 
 なんとも的確なアドバイスである。
 たしかに言われてみれば、気取った名前の店などは入り辛いイメージがあるし、たまに名前の意味に懲りすぎてやっちゃった感のある痛い店も見かける。さすがに長い年月を生きているだけの事はある。
 しかし、好きな場所、風景か…………。
 
「…………例えばエヴァだったらなんて名前を付ける?」
「馬鹿者、私に聞くな。こういうものは自分で考えろ、ヒントなど無い」
「う……っ、じゃあ、茶々丸は?」
「……私もマスターと一緒です。士郎さん自身が付けた名前ならきっと素敵なものになるでしょう」
「……そりゃどうも」
 
 茶々丸から妙に信頼感を感じるお言葉を貰ってしまって更にプレッシャー……。
 好きな場所、好きな場所……、俺がよく居た場所、風景か………………………お?
 思い浮かんだ。……そうだな、なんか悪くないような気がする。
 
「……その顔は何か思い浮かんだか?」
「ああ、ちょっと恥ずかしいかもしれないけど決めた。俺の店の名前は――――『土蔵』だ!」
「――――」
「――――」
「………………」
 
 お、お願いだから黙り込まないでください! 物凄くいたたまれない気持ちで、いっぱいいっぱいになってしまいます!!
 
「――ふむ、『土蔵』………か、思ったよりは悪くないかも知れんな。些か居酒屋のような雰囲気の名前ではあるがな」
「士郎さん、何故『土蔵』なのか聞いてもよろしいですか?」
 
 む、なんか意外に好感触か?
 
「あ、ああ。俺が家にいた時はいつも土蔵に篭もって魔術の修練をしてきたんだ。それに壊れた物とか直す場所もそこだったし、俺が好きな場所って言えばそこかなって思って」
「なるほど、そうだったのですか」
「決定だな。……よし、茶々丸。お前は看板を注文して来い。文字のレイアウトなどは素人が下手に凝るよりも最初から専門の者に任せた方が確実だ。なに、文字数も少ないのだ、ここの連中なら大して時間もかからず仕上げるだろう」
「わかりました、マスター。では、行って参ります」
 
 言うが早いか茶々丸は颯爽と出て行ってしまう。
 何気に仕切り屋のエヴァさんだ。しかも迅速で的確と来ている。
 これも年の功の成せる技か……でも言ったら怒られそう。
 
「いや、ありがとうエヴァエヴァのおかげでなんか凄くスムーズに話が進んだ」
「……ふん、この程度の事できて当然だ」
 
 悪態をついてそっぽを向いてしまったが、頬が赤くなっているのはバレバレだった。
 ……ホント、素直じゃないなあ。
 
「そ、そんなんことよりもだ! 服はどうするのだ士郎!?」
 
 赤くなっている自覚があったのか、照れ隠しのように大声を上げてきた。
 しかし、それをわざわざ指摘して、機嫌を悪くさせる必要もあるまい。
 
「ん、そうだな……エヴァはどっかいい所知ってるか? 指導員の時に着るスーツも揃えようと思ってたんだ」
「……ん? 指導員の時のスーツだと?」
「うん、俺見た目がこれだろう? せめてスーツでもないと軽く見られそうだからさ」
「ふむ…………そうか」
 
 なにやら顎に手を添えて考え事をしているようだ。
 しばらくの間、そうして考え込んでいたがやがて考えが纏まったのか急に顔を上げた。
 
「よし! ならば私が作ってやろうではないか!」
「へ?」
 
 得意満面のエヴァ
 これはまた考えもしなかった答え。
 作る? エヴァが? 俺の服を?
 
「……って、そんなの作れるのか?」
「む、当たり前だ馬鹿者。人形使い(ドールマスター)の名は伊達ではないぞ。地下にあった人形だってほとんど私が作ったものだ、もちろん衣装だってな。それに私や茶々丸が着ている服だって、私の手によるものがほとんどだぞ?」
「…………………」
 
 今、明かされた真実!
 ……ってことはやっぱりあれか、あのフリフリとかは茶々丸の趣味ではなかったんだな。
 ――――や、二人とも似合っているんだけどさ?
 しかし、あの手の服……ゴスロリだっけ? ああいうのはエヴァが元々、中世のお姫様だってことを考えればその嗜好は納得いけるといえばいえる物がある。
 でもなあ……。
 
「ん? なんだ? 反応が薄いな、もしかしてイヤだったか?」
「…………流石に、俺はあの手の服を着て歩く勇気はないのだが……」
 
 あ、エヴァがこけた。
 
「あ、阿呆かお前は!! 私だってそんな趣味はないわ! ああいうのは似合う者が着るから良いのだ! お前のような男に着せる訳あるか、気色悪い!」
「あ、そうなんだ。俺はてっきり…………」
「てっきり…………なんだ?」
「――いえ、なんでもないです」
 
 口は災いの元、思ったことを言葉にするのはいい加減やめよう。だってエヴァの目が怖い。
 
「……ったく、馬鹿なことを言ってないで採寸するからこっちに来い。心配しなくてもきちんとした物を仕立ててやる」
「ん……わかった、じゃあ折角だし厚意に甘えさせてもらう」
 
 エヴァがわざわざ作ってくれると言うのだ、その気持ちは素直に嬉しい。
 エヴァが俺で遊びたい可能性もなくもないけどそれも微笑ましく思える。
 ニヤつきそうになる顔を無理矢理押し殺して手招きするエヴァの傍らまで行く。
 
「よし、では今から寸法を測るからな。足は肩幅で開いて背筋を伸ばせ」
「了解……こんなもんか?」
「ああ、それ位だ、動くなよ?」
「おう」
 
 エヴァはそう言うと、何処からともなく取り出した糸で俺の身体を計測し始めた。
 
「へえ……メジャーで計るんじゃないんだな」
「ああ、これか? 私は昔からこの方法でやっているからな、メジャーのような物で計るより断然正確にできるんだ」
 
 そう言いつつもエヴァの手は止まらない。
 事細かに採寸を続ける手は流麗で、その動作だけでとても綺麗だった。
 でも、俺の周囲をチョコチョコ動き回る様は、まるで子犬のようで愛らしい。
 
「んー……、届かん……。士郎、ちょっとそこに膝立ちしろ」
「ん、了解」
 
 流石にエヴァの身長では上半身の計測はやりずらかったらしい。俺は言われるままに膝で立つ。
 
「これでいいか?」
「ああ、それで手を水平に上げろ」
「えっと……こんな感じか?」
「そうだ、そのままだ……」
 
 再び採寸を始めるエヴァ
 
「…………………」
「…………………」
 
 ……しかし、なんだ。こうしていると身長差がほとんど無くなり、エヴァの顔がやたらと近い。
 改めて見てみると、やはりびっくりする位綺麗な顔立ちをしている。
 整った造形、大きな青い涼しげな瞳、その透き通るように白い肌は、シミや傷など全く無い。エヴァの動きに合わせて、黄金の絹糸のように美しい髪が水のようにサラサラ零れ落ちる。
 この子自身がまるで人形のようだ。
 ……だからそんな小さなエヴァに胸囲とかを測られると、いちいちまるで抱きつかれたかのような形(っていうか抱きつかれてるんだけど)になってしまうのは仕方ないし、俺が思いっきり赤面してしまうのも仕方のない事だと思う。
 しかし、それはエヴァも同じようで顔が真っ赤だ。肌の色が元々白いし顔も近いので丸分かり過ぎる。
 
「…………エヴァ、顔、真っ赤……」
「うぅうう、う、う、煩いな! い、いいからじっとしていろ!」
 
 なんとなくこの空気に耐えられなくなって呟いた照れ隠しの俺の言葉に、エヴァが過剰に反応してドモリまくる。
 年齢はずっと上らしいが、反応は見た目相応のエヴァを微笑ましくなってしまう。
 エヴァは照れて顔を上げられなかったから、赤くなってしまっているであろう俺の顔は見られずに済んだのは幸いと言うべきか。
 それでもやはり照れくさいのはお互い変わらず、どうしても終始無言になってしまう。
 が。
 そこに澄んだベルの音が鳴り響いた。
 いや、鳴ってしまったと言うべきか。
 
「只今戻りました。看板は明日の朝一で取り付けに来てくれ……る……そ……」
「…………………」
「…………………」
 
 沈黙。まるで時が止まったかのようだ。
 ……さて、ここはあえて落ち着いて状況を見てみよう。
 店に入ってきた茶々丸は俺達を見て固まっている。
 俺達はそんな茶々丸を見て固まっている。
 そんで俺達はと言うと、膝立ちになって顔を赤くしている俺、同じくエヴァ
 更に言えば思いっきり抱きあっているような形に見える。っていうかそれ以外に見えない。
 そこから俺の経験と茶々丸の性格を吟味して、導き出される回答は3つ。
 
 最善の1:内容を理解し、そのまま何事も無かったかのように入ってくる。
 許容範囲の2:現状が理解できずその場で固まる。
 最悪の3:誤解したまま、気まずくなって逃走。
 
 さあ、どれだ!?
 俺的には是非もなく1番を強く推奨したい!
 でもそんな希望は大抵裏切られる事を俺は知ってしまっていた。
 
「……あー……茶々丸さんや?」
「あ、あ、あぁぁああ、ちちち違うぞ茶々丸!? これはだなッ!」
「――し、失礼しました!」
 
 言い終わるやいなや、脱兎の勢いで出て行く茶々丸
 ちくしょう、やっぱり3かよ! っていうか、『さあ、どれだ!?』とかやってる場合じゃねえだろ俺!?
 
「し、士郎! 追え、追え! このままだと何処に行くか分からんぞあいつ!」
「言われずとも! ――って、飛んだぁッ!?」
「ハイテクって奴らしい! いいから追え士郎!」
「くっそ、その内ロケットパンチとか出てくるんじゃないだろうな!」
「…………あいつ、打てるぞ。ロケットパンチ
「ドチクショウがぁーーーーっ!!」
 
 や、もう俺自身何がなにやら。
 まあ、つまりは人の話は最後までよく聞きましょうっていうお話……なのか?