第16話  ネギま!

 
 次の日の朝。
 俺は、タカミチさんから言われていた通りに学園長室に来ていた。
 俺が到着するころには、タカミチさんも学園長もすでに揃っていたようで、俺が扉を開けるとこちらに視線をよこした。
 
「お早うございます」
「うむ、お早う」
「やあ、おはよう」
 
 挨拶を交わし室内へと入る。
 視線を巡らして部屋の中を見回してみるが、どうやら集まったのはこの3人だけのようだ。
 
「時間もあまりないでの、早速じゃが本題に入ろう」
 
 そう前置きをすると学園長は話し始めた。
 
「今日来てもらったのは君に紹介しておきたい人物がいての、恐らくこれから君にも何かと手伝ってもらう事が増えるやもしれんからじゃ」
「はあ……それは構いませんけど……その人は?」
 
 室内を見回してみても、俺達以外に人影は無いのだ先刻確認済みだ。
 
「ふむ、もう来てもいい時間なんじゃが……ちと遅いのぉ。――タカミチくんや、ちと二人で見てきてくれんかの?」
「わかりました学園長」
 
 そう言うとタカミチさんはさっさと扉を開いて行ってしまったので、俺も慌ててそれに従う。
 
「タカミチさんは知ってるんですか? その人の事」
「ああ、良く知っているよ。彼とは暫く会っていなかったけどね」
 
 彼……というと男性の方なのだろう。
 それに楽しそうに話すタカミチさんの様子を見る限り、親しい人物なのだと勝手に推測を立てる。
 
「どんな人なんですか?」
「そうだね……ま、会ってみれば分かるよ、驚くだろうけどね」
 
 そういうと何処か意地悪そうに笑ってはぐらかされてしまう。
 
「――お、噂をすれば」
 
 タカミチさんは開け放たれた窓から外を眺めると、窓枠に肘を置き、一つの箇所を眺める。
 俺はその脇に立ち、タカミチさんが眺めている辺りを覗き込む。
 そこにいたのは、
 
「ほな、ウチら用事あるから一人で帰ってなー」
「じゃあねボク!!」
「いや、あの、ボクは……」
 
 アスナにこのか、それと――見知らぬ小さな赤毛の男の子。
 三人の様子に少し笑うタカミチさん。
 
「いや、いいんだよアスナ君!」
 
 そのタカミチさんの声に、三人はこちらを見上げた。 
 
「お久しぶりでーす!! ネギ君」
 
 タカミチさんは人懐っこい笑顔を浮かべると、小さく手を振るような仕草をしながら挨拶をした。
 
「あ、シロ兄やんに高畑先生、おはよーございまーす」
「え! た、高畑先生!? それにシロ兄も! お、おはよーございま……」
「――あ、久しぶりタカミチーッ!」
 
 アスナの声にかぶせる様に、小さな男の子がこちらを見上げながら笑っている。
 そんな男の子の反応がよっぽど意外だったのか、ズザーッと驚いたように仰け反るアスナ
 取り敢えず俺は手を上げて挨拶に応える。
 
麻帆良学園へようこそ、いい所でしょう? ――『ネギ先生』」
 
 先……生?
 驚く二人に対してその男の子は「ハイ、そうです!」と元気に返事をし、改まるように一つ咳払いをした。
 
 
「この度、この学校で英語の教師をやる事になりました――ネギ・スプリングフィールドです」
 
 
 ――ああ、あとの時になって思い出す。もしかしたらこの時なのかもしれない。
 これまでの時間を”日常”と呼んでいいならば。
 良くも悪くも”日常”が変わりだしたのは……、
 彼――ネギ・スプリングフィールドと出会ったこの瞬間なのかもしれない。
 
 
◆◇――――◇◆
 
 
 ――鉄を打つ音が鳴り続けている。
 頭の中で何かを模索しているかのように響く鉄の音。
 近いのか、遠いのか。
 規則的に、断続的に、絶え間なく、休むことなく。
 繰り返し、繰り返し。
 ――響く、響く、響く。
 まるで、どこかに誘うように、導くように、試すように。
 何もかもが曖昧な自分は、音の主を求め彷徨い歩く。
 
 
◆◇――――◇◆
 
 
 ネギ・スプリングフィールド
 それが少年の名前。
 話を伝え聞く所によると、”こちらの世界”の英雄の息子らしい。
 数えで10歳。
 その瞳は理知的で、幼いながらも素晴らしく整った顔立ちの所謂、美少年と言うものだろう。
 鼻の上に乗せた小さめの眼鏡、後ろ髪を長めに伸ばした赤い髪は後ろで結んでいる。
 幼いにもかかわらず、イギリスで学校を卒業してきた彼は、既に教員免許を所持しており、語学力も大学卒業レベル。
 所謂、天才。
 ”修行”の一環で、教育実習生として赴任してきたらしい。
 そして――――魔法使い。
 
「――と、こんな所かの?」
 
 学園長はそう締めくくった。
 それで、今まで黙って説明を黙って聞いていた俺は、「なるほど」と頷いた。
 一騒動の後、学園長室に集まった俺達は軽く面通しを済ませると、授業がある者達は早々に教室へと向かっていった。
 ……まあ、その一騒動と言うのが何だったかは、アスナの尊厳とかモロモロの為に記憶の彼方にふっ飛ばしたいと思う。
 ――その……、クマのパンツとか毛糸とか。
 
「……それはそうと、俺は何をすればいいんです?」
「うむ、まあ、そんなに難しい事では無いわい。彼は賢いとは言え未だに幼い、見かける事があったら色々気にかけてやってくれんか?」
「それは全然構いませんけど……えっと、何かとフォローして上げればいいんですか?」
「そうじゃの……修行もかねておる事じゃしの。ある程度の試練は自分で乗り越えてもらう事になるじゃろうが、手助け位してやってくれんか」
「分かりました。つまり、でしゃばらない程度に助ければ良いんですね?」
「うむ、衛宮君は理解が早くて助かるの、ではお願いする」
「ええ、じゃあ失礼します」
 
 一礼して学園長室から退出すると、その足で『土蔵』へと向かう。
 学生がいなくなった町は、朝の喧騒が無くなっていたが、それでも活気に満ちている。
 そんな町を抜け、店の中に入る。
 開店時間にはまだ少し早い。湯を沸かして自分の為に煎茶を淹れる。
 暖かいお茶によって体が中から温まるのを感じながら、俺は先ほどのことを思い出した。
 
「――――それにしても」
 
 ナギ・スプリングフィールド
 ネギ・スプリングフィールドの父であり、サウザンドマスターと呼ばれる英雄の名前を……確かそう言った。
 ――ナギ。
 この名前には聞き覚えがある。
 いつのことだったか、エヴァがその名を口にしていた。
 何気ない会話の端に上っただけだったので曖昧だったが覚えている。
 同じ名前で他人と言う可能性も十分あるが――予感がする。
 何かが繋がっている予感がする。
 
「俺も何考えてるんだか――」
 
 けれど、俺には未来予知などできはしない。
 それは考えても仕方の無い未来の事。
 出口の無い思考の迷路に陥る前に、俺はそれを笑い飛ばした。
 考えても分かる事じゃないだろうに――。
 
 そして俺は今日もまた”日常”を繰り返す。
 
 
◆◇――――◇◆
 
 
「こんにちは~、シロ兄、いる?」
 
 夕方、学校帰りのお客さんがポツポツと増え始めたころ、アスナが顔を見せた。
 
「おう、アスナ。いらっしゃい。おやつでも食べに来たのか?」
「うっ……、それも魅力的だけど。シロ兄、デザートとかって持ち帰りできたわよね?」
「ああ、できるけど?」
「ケーキを種類別で5つ用意できる? ――ホールで」
「…………へ?」
 
 ――ナンデスト?
 ホールって……言ったか、今?
 ウチのケーキの1ホールって言うと、10号サイズだからかなり大きいのに……。
 ソレを食べると仰いますか? しかも5ホールも!
 
「――アスナ……、俺の作った物を気に入って貰えるのは嬉しいけど……その、流石に食べすぎだろう?」
「え……? って、ち、違うわよ! 私だけで食べるんじゃないわよ! クラスの皆で食べるの!!」
「あ、……そりゃそうか」
「ホントよ、もう……シロ兄、私をどういう目で見てるのよ……」
「はは、悪い悪い」
 
 あまり誠意の篭もっていない感じで謝るとジト目で睨まれた。
 いやー……失敗失敗。考えてみればそんなに食えるわけ無いよなー。
 ……我が家のトラとライオンコンビだったら案外食べれそうな気がしてならないが。
 そう言いながらもケーキを箱詰めする。
 
「にしても、なんだ? 何かあるのか?」
 
 俺がそう問いかけると、アスナはカウンターに腰掛けウダーッと気の抜けたように突っ伏した。
 
「それはあれよ、今日”あのガキ”がウチの担任としてやってきたじゃない? ……本当に不本意だけど」
「そう言えばそうだったな」
 
 そうなのだ。
 あの少年はタカミチさんに代わり、アスナ達のクラスの新しい担任として赴任したのだ。
 そして、アスナはそれを快く思っておらず、文句タラタラなのであった。
 
「それの歓迎会やるからって買出ししてんのよ」
「なるほどね」
 
 先生の為の歓迎会と言うのも珍しいが、なんとも暖かい子達じゃないか。
 アスナも文句を言いながらも買出ししている辺り、心根が優しいと言うか面倒見が良いと言うか……。
 
「あ、なんだったらシロ兄も来る? 高畑先生もこのかもいるし喜ぶと思うけど」
「誘ってくれるのはあがたいけどな。流石に店を放って行くわけには行かないだろ」
「あ……、そう言えばそうだったわね。残念」
「気持ちだけありがたく貰っておくさ――っと、はい、お待たせ」
 
 梱包の終わったケーキを置く。
 
「にしてもこれ全部一人で持ってくのか?」
 
 一応積み重ねることが出来るように堅い箱に入れたが、5つともなると結構な量があるだろうに。
 
「大丈夫、私バランス感覚良いんだから♪」
 
 アスナはそう笑うと、片手で危なげなくケーキを軽々と積み重ねた。
 お金を払うとスタスタと扉へ向かう。その足取りは軽やかだ。
 む……、言うだけあってなかなかの安定感じゃないか。
 
「気をつけて行けよー」
「うん、ありがとシロ兄、じゃあね~」
 
 アスナは後ろ手に扉を閉めると、慎重ながらも軽快な足取りで帰って行った。
 すると、それと入れ替わるかのごとく、今度は見慣れた二人組みが姿を見せた。
 
「来たぞ、士郎」
「こんにちは、士郎さん」
 
 それに、お帰り、とだけ応える。
 エヴァ茶々丸
 二人が来るのは別段珍しい事ではない。
 学校が終わると、かなりの高確率で二人は顔を見せにやって来ては時間を過ごしていく。
 カウンター席の一番奥と、その隣はすでに二人の指定席へと半ば化していた。
 
「なに飲む?」
「ああ、今日はいい。この後すぐに行かなければならん用があるのでな」
「――ああ、そうか。そう言えば」
 
 言われて思い出す。
 考えてみればエヴァ茶々丸アスナと同じクラス、即ち2ーAだった筈だ。
 
「歓迎会だっけ?」
「ん? 何故知っている?」
「いや、今までアスナが来ていたからさ」
アスナ? …………ああ、神楽坂明日菜か。そういえば何やら買い出しなぞしていたな」
「ああ、ケーキ5ホールも買って行った」
「なるほど、お前の作か。それならば馬鹿げた騒ぎも少しは楽しめるか……。――それにしてもお前達。何時の間に知り合いになぞなっているんだ?」
 
 少し拗ねた感じでエヴァは言う。
 って――ナニユエ?
 
「や、刹那と訓練しだしてからだけど。アスナが朝の新聞配達のバイトしてた時に偶々な?」
「……ふん、まあいい」
「それよりエヴァ。お前、あのネギって子と知り合いだったりするのか?」
 
 少し声を落として回りに聞こえない程度に聞いてみる。
 
「――ほう? 耳が早いな士郎。誰に聞いた?」
「朝少し会っただけで、誰かに直接聞いたわけじゃないけど。あの子、前にエヴァが言ってたナギ・スプリングフィールドってヤツの息子なんだろ? なんか関係あるんじゃないのかと思って」
「なるほどな、朝いつもより早く出たのはそう言う事だったか。――なに、あの坊やと直接の面識は無い。知っているのは親父の方だけだ」
「そうなのか? でも、それだとしたら珍しいな、知り合いでもないのにエヴァが歓迎会とかの催し物に出るなんて。エヴァだったら”メンドイ”とか言ってサボりそうなもんだけど」
「ふん、確かに、な。だが仮にもヤツの息子なのだ。拾える情報は少しでも拾っておきたいのでな」
「そっか」
 
 まあ、それもそうだろう。
 エヴァはあのネギって子の父親に封印されたのだ。
 いくら幼いと言っても相手は魔法使い。
 彼を警戒するのは当然の反応と言えるだろう。
 
「――マスター、そろそろお時間です」
「ん、わかった」
 
 そろそろ行く時間になったのだろう、茶々丸エヴァにそう告げた。
 
「そうだ士郎、今日はどうするのだ?」
 
 エヴァが聞いているのは夕食の事だろう。
 俺達は基本的に食事は全員で一緒にとるようにしている。
 けど偶に、店でアルコールを出すと遅くなってしまう事もあるのだ。
 その場合はエヴァ達が店に来て夕食をとるようになっていた。
 
「ん、今日は早く閉める事にするよ」
「そうか、わかった。あまり遅くなるなよ?」
「了解」
「ではな、士郎」
「失礼します、士郎さん」
「おう、無茶するなよ」
 
 エヴァはそれに、「するか馬鹿者」と少し笑いながら出て行った。
 
 
◆◇――――◇◆
 
 
 その日の夕方。
 日の高いウチにも現れたアスナがもう一度顔を見せた。
 
「こんばんは、シロ兄。また来たわよ」
「やっほ、シロ兄や~ん♪ 来たえ~」
 
 と、もう一人、アスナの後ろでこのかがパタパタと手を振っていた。
 
「ああ、二人ともいらっしゃい。歓迎会は終わったのか?」
 
 ま~ねぇ、と言いつつ中に入って来る。
 それに続いてこのかも入ってくる。
 
「――あれ?」
 
 と。
 そこで気がついた。
 二人の影になるようになっていた為気が付かなかったが、その後ろに小さな人影があることに気が付く。
 
「へぇ~……素敵な雰囲気のお店ですね」
 
 キョロキョロと店内を見回す赤毛の少年。
 ネギ・スプリングフィールドだった。
 
「ちょっとアンタ、ネギ君。そんな入り口に突っ立ってないで入ってきなさいよ」
「あう、は、はい!」
 
 アスナに言われると、彼はワタワタとした様子で俺の前であるカウンターへと座った。
 
「あ、アナタは確か……」
 
 俺を見上げると少し口ごもるように言う。
 名前を思い出しているのだろう。
 まあ、朝にほんの少しだけ挨拶を交わした程度だから覚えていなくても仕方はないと思う。
 
「今朝方ぶりだな、改めて挨拶をしておこう。俺は衛宮士郎、ここでこの店の店長をしている。宜しくたのむ」
 
 そうやって手を差し出す。
 それを見て彼はパッ、と笑った。
 
「あ、これはご丁寧にありがとうございます! 僕はネギ・スプリングフィールドっていいます。えっと……本日、麻帆良学園に赴任してきました。ヨロシクお願いします!」
「えっと、ネギ君でいいか?」
「はい!」
「そっか、俺の事は好きに呼んでいいから」
「ありがとうございます、衛宮さん」
 
 そうやってネギ君は俺の手を両手で握って笑った。
 ……なんだ、天才とか言ってたけど、やっぱりこうしている分には年相応なんだな。
 なんとも子供らしい純真さに溢れている。
 
「はいはい、そこでいつまでも挨拶してないで。それよりシロ兄、なんか軽めの食事とかってある?」
「軽め? まあ、あるけど。雑炊とか」
「あ、いいわねそれ。じゃあそれ貰える? 私達、歓迎会で色々つまんでは来たんだけど、少し足りなくて……」
「ん、了解。二人もそれでいいのか? 少しだけ時間掛かるけど」
「私はそれでええよ~」
「ゾウスイ……ですか? 僕食べた事ないですけど……同じのをお願いします」
「わかった。少し待ってな」
 
 カチャカチャと料理の準備を始める。
 
「あ、そうそう聞いてよシロ兄。何の因果か知らないけどさ、コイツ今日からしばらく私達の部屋に泊まることになったのよ?」
「へえ……そりゃ、なんともまあ。随分とイキナリな話だな」
「シロ兄もそう思うでしょ? 普通、あらかじめ連絡とかするもんよね~」
「あう、ス、スイマセン。朝から迷惑かけっぱなしで……」
「……ま、とりあえずはいいわよ。迷惑なのは本当だけどね」
 
 ……うわ。アスナのヤツなんか容赦ないな。
 まあ、朝っぱらから人前で服なんか脱がされたら仕方ないとは思うけど。
 
「んもう、アスナってば、またそうやって意地悪言う~。……ええやないの、ネギ君かわええし」
「そんなこと言ったってさ、このか。コイツはね――」
 
 アスナがこのかに何やら言っても、当のこのかは何処吹く風の笑顔で事如くを受け流している。
 全く、本当に仲が良い二人だな。
 その間、ネギ君はポツン、と二人の仲の良い言い争いを苦笑気味に眺めていた。
 あ、そういえば――、
 
「――ネギ君。ちょっといいか?」
 
 二人に気付かれないように小声でネギ君に話しかける。
 
「あ、はい。なんですか?」
 
 ネギ君はそれを察して小声で返してくれた。
 
「君も魔法使いなんだろう?」
「――! ど、どうしてそれを!?」
「ああ、驚かなくてもいい。学園長とかタカミチさんにある程度は聞いてあるから」
「……えっと、となると衛宮さんも?」
「ああ、君と同じだ」
「あ、そうだったんですか」
 
 ホッとしたようにため息をつくネギ君。
 
「それで学園長から君の事を手伝って欲しいと頼まれたんだ。まあ、俺なんかで何処まで力になれるかはわからないけど、困った事があったら何でも相談してくれ」
「あ、ありがとうございます! 助かります」
「うんうん、それで初日はどうだった?」
 
 何の気になしに俺がそう言うと、
 
「――あう、えう、その」
 
 急に涙目になってオロオロしだしてしまった。
 ……え、俺なんかいきなりマズったのか?
 
「お、おい?」
「そ、それがですね。……その、」
 
 なにか言いたいけど言い辛い事なのか、俺の顔色をチラチラ伺ってくる。
 
「何かあるなら言ってみろよ、力になれるかもしれないし」
 
 俺がそう言うと、ネギ君は観念したかのようにポツポツと語りだした。
 
「…………そ、その、――バレてしまいまして……」
「バレてって……なにが?」
「……あ、あの、アスナさんに僕が魔法使いだと言う事が……」
「………………………」
 
 …………————————は?
 
「あの、あの! や、やっぱり、一般人にバレた僕は連れ戻されてオコジョにされちゃうんでしょうか!?」
「………………………」
 
 ――そう言えばタカミチさんも初めて会った時、オコジョがどうのとかいってたなあ……。なるほど、こっちの世界では一般人に神秘がバレたらオコジョにされるのか。
 俺の世界みたく記憶の改変とか、知った人間は抹殺とか血生臭いのよりはかなりマシだけど……。
 あの時の言葉の意味はそう言う事だったのか~。
 ああー、納得。
    
「――――」
 
 ――ではなくて。
 はやっ!
 滅茶苦茶はやっ!!
 わずか一日……正確には半日とは流石にびっくりだ!!!
 
「……あ、あの、……衛宮さん?」
「――さようなら、ネギ君。短い付き合いだったが君の事は忘れないよ」
「あう!? いきなり見捨てられたっ!!?」
「大丈夫! 君ならオコジョとしてもやっていけるさ!!」
 
 ビシッ、と思いっきりいい笑顔で言ってみる。
 
「全然大丈夫じゃないですぅ!? あとなんでそんなに笑顔なんですかぁ!?」
「――と、まあ、冗談はさて置き」
「――あうぅ、ゴメンナサイお姉ちゃん。僕は遠い異国の地でオコジョに…………って、冗、談?」
「ああ、冗談。……他の人間だったらどうだか分からないけど、まあ、相手がアスナなら大丈夫だろ」
「――本当、ですか?」
「おう、アスナに秘密にしてくれって頼んだんだろ?」
「え、ええ、まあ……」
「それでアスナもそれを受け入れたんだろ? じゃあ、問題ないとは言わないけどなんとかなるさ」
「そう、ですか?」
「ああ、アスナは言動とかがあんまり良くないからガサツで乱暴者っぽく見えるけど……凄く優しい子だよ」
「…………」
「ま、あんまりバレたって事は他の人に触れ回らない方がいいとは思うけどな」
「な、なるほど……。あ、ありがとうございます衛宮さん、僕、なんかやって行けそうな気がします」
「おう、頑張れよ」
 
 クシャ、と頭を撫でてやる。
 ネギ君はそれを笑って受け止め「はい!」と元気に頷いた。
 
「ん? 二人してなにやってんのよ?」
「いや? なんでもないさ。――な、ネギ君?」
「え? ええ、そうですね衛宮さん! なんでもありませんよ」
「……う~~ん?」
「あ、なんや~? 二人ともいつの間に仲良しになっとるん?」
「何、男同士の秘密ってヤツだ。聞くのは野暮ってもんさ――さ、完成」
 
 完成した雑炊の入った小さな土鍋を三つ、カウンターに並べる。
 
「熱いから気を付けろよ」
 
 それに続いて選り分け用に小鉢と付け合せの漬物。
 それぞれを各自の前に置いていく。
 
「わ、これがゾウスイですか?」
「雑炊、ね。シロ兄の料理は美味しいんだから」
「へぇ~、それは楽しみです」
 
 各々、土鍋の蓋を開け小鉢によそう。
 それでもやはり熱いのか、息を吹きかけながらハフハフ食べている。
 でも、そんなことはお構いなしとばかりにあっという間に完食してしまった。
 
「うん、とても美味しかったですっ!」
「うんうん、流石シロ兄ね」
「ほんまやな~、あ、シロ兄やん。もし良かったらこれの作り方教えてくれへん?」
「作り方か?」
 
 客席を見ると、お客さんは居るけど今はオーダーもないし……いいか。
 以前に約束もしたことだし。
 
「ああ、いいぞ。ほらこっちに回って来い」
「わ、なんや? 直接教えてくれるん? ありがと~」
「口で説明するより早いしな……って、なんだ、アスナはいいのか?」
「へっ!? わ、私!?」
「ああ、どうせなら一回で説明済ませた方が早いからな」
「わ、私はいいわよ! 作る機会もないし……」
「?」
 
 別に覚えておいて損は無いと思うんだが……簡単だし。
 
「ま、いいか。それじゃこのか。まず、ご飯は炊いたヤツを軽く水洗いしてだな――」
 
 そうやって穏やかな夜は更けていった。
 
 
◆◇――――◇◆
 
 この日、正義の味方と一人の少年は出会った。そんな些細な事によって物語が動いて行く等とは知らずに。
 動き出した物語は留まる事を知らず、坂道を転がり落ちるようにゆっくりと、だが確実に加速を始めた。
 始まりを告げる鐘の音は同時に終わりをもたらす終焉の鐘でもある。
 始まってしまったからには終わりも当然生まれる。
 
 ――けれど、今はもう少しの間、束の間の平穏に身を漂わせて見よう。無駄で、意味の無い事なのかもしれないけれど、いつの日か、こんななんでもない”日常”が掛け替えの無い大切な宝物だったと思えるように――