第4話  絡繰茶々丸

「申し訳ありません、なにぶん急だったものでこのような場所しか準備できず……」
「いや、そんなに気にしなくても、俺にはこれでもう十分すぎる程ですから」

 エヴァに言われた茶々丸が寝具一式を手渡してくれる。
 部屋はあるにはあるらしいのだが、荷物などで埋まってしまっているらしく、比較的まともなのはリビングのソファーしか開いてなかったのだ。
 それでも、土蔵で寝る事が半ば習慣となっていた俺からみれば、この状況は諸手をあげて感謝するような好待遇だ。

「……あの、私にそのような敬語を使う必要はありませんよ?」
「え? けどそれだと失礼になるのでは?」
「そのような事はありません。私はマスターの従者ですから、かえってそのように畏まられると私としてもやりにくいですので……それに私は衛宮様の年下にあたりますので」
「……そっか、ありがとう。じゃあそうさせてもらうよ」
「ええ、そのように――では、これを」
「有難う、茶々丸
「いえ」

 そこでふと見慣れないものが目についた。
 寝具一式を受け取った時に見えた腕の関節部分が、明らかに普通の人間と違う。本来ならば皮膚によって覆われているべき部分が、まるで人形の関節部分のようなモノで出来ているように見えたのだ。
 もしかして、

「あの、もしかしたら失礼な事聞くかもしれないけど……その間接って」
「これですか? ……ええ、お察しの通り私は人間ではありません」

 そうか、ではやはり魔導人形だろうか。
 そういえば戦闘中にエヴァが『人形遣い(ドールマスター)』と、言っていたのを思い出す。そもそも魔導人形というものを直にこの目で確認するのは始めてたが、言葉の受け答えや、動作などが余りにも自然すぎてほとんど人間と言って良いほどだ。いや、実際その関節に気が付かなければ、俺もずっと人間だと思っていたに違いない。
 しかし、そんな風に考えていた俺に返って来た答えは、

「私はロボットです」
「……ソウデスカ」

 思わず片言になる。
 そうと来たか……、と内心呟く。
 元いた世界とこっちの世界の差は先ほど理解したつもりだったが油断していたようだ。まさか、魔法使いの家にロボットが住んでいるとは……

「正確にはガイノイドですが」

 それが何か? って感じで返される。
 一瞬あまりの世界の違いに挫けそうになるがなんとか堪える。

「いや、なんでも。不躾なことを聞いて悪かったな」
「いえ、お気になさらないでください」
「うん、有難う。あ、そうだ茶々丸も俺のこと好きに呼んでくれ、そっちだってそんな風に畏まった呼び方だと窮屈だろ」
「……では、衛宮様と」
「……年下の女の子に『様』付けはゾッとしないな、もっと砕けた風に呼んでくれたって良いんだぞ。エヴァだって士郎って呼んでたんだから」
「女の子……ですか?」
「そうだけど……それがどうかしたか?」
「――あ、いえ。では、士郎さんと」

 俺の言葉に不思議そうに首を傾げながらそうつぶやいた茶々丸は、何を言われているのか分かっていない様な、ボーッとした表情でそう応えた。

「ああ、そうしてくれると俺も助かる。じゃあ、おやすみ茶々丸
「――おやすみなさいませ、士郎さん」

 では、と深々とお辞儀をして茶々丸は立ち去っていく。
 彼女は最後まで年下の女の子? とか呟いたまま、その背中は見えなくなった。

「……うん。まだ、よく分からないけど良い子である事に間違いはなさそうだ」

 そんな些細な出来事に妙に嬉しい気持ちになって、受け取った毛布に身体を包み、ソファーで横になる。

(なんだか良い夢でもみれそうだ……)

 そうして穏やかな眠りへと落ちていく。
 突然とんでもない事態に巻き込まれてしまったようだが、存外の良い出会いに思わず暖かい気持ちになる。明日からはどうなるか分からないが、少なくとも今、この瞬間はそんな幸福感に包まれたっていいだろう。
 こうして異世界での最初の夜は更けていったのだった。


◆◇—————————◇◆
 

 朝、柔らかい鳥のさえずりで目が覚めた。
 薄く開いた目に映る、見慣れない光景に疑問を抱くが、瞬時に昨晩のやり取りを思い出す。
 夢であって欲しいとは思ったが、どうにも現実らしい。
 はあ、と溜息を一つ零してしまうが、眠気を払うように、よっ! と勢いをつけてソファーから起き上がった。
 周囲を伺ってみるが人の気配は無く、窓から見える朝靄の景色にまだ早朝であることに思い至った。
 
「……まだ流石に誰も起きてないか」
 
 なんとなく外の空気が吸いたくなりソファーから腰を上げ、出来るだけ音を立てないように、ゆっくりとした足取りでドアへと向かう。
 木でできたドアに手を当て、外に出て大きく息をする。
 
「んんっ……はあ」
 
 思い切り伸びをしながら息を吸うと、朝露を含んだ冬の冷たい空気が軽く残っていた眠気を吹き飛ばしてくれた。
 肺を満たす空気はどこまでも清々しく、森の香りを含んだそれは、ただそこにいるだけで気分をリフレッシュさせてくれるようにすら思える。

「良い所だな――」
 
 そんな穏やかな朝の光景に、しばらくボーッと早朝の森を眺めていると家の中から気配を感じた。
 誰かが起きて来たのだろう。
 
「お早う御座います、士郎さん。ずいぶんと御早いのですね?」
「ああ、お早う茶々丸。そういう君だって随分と早いじゃないか」
 
 茶々丸の言葉に軽く苦笑しながら振り返ると、エプロンドレス姿の茶々丸がいた。
 丈の短い黒のワンピースに、白のフリルがたくさん着いたエプロンドレス。所謂メイドさんだ。やっぱり従者というのだからこういう格好が基本なのだろうか。リズとかセラもそんな感じだったし。まあ、あっちのように頭巾まではしていないけど。
 
「へえ、随分と可愛らしい格好だな」
「――ありがとう御座います。……朝食まで時間があります、紅茶でもお淹れ致しましょうか?」
 
 む、ここまで世話になりっ放しというのは幾らなんでも気が引ける。俺は一晩の居候であって、お客様ではないのだ。
 ならば、と思い提案してみる。
 
「あのさ、ちょっと提案があるんだけど……いいか?」
「はい、なんでしょう?」
「世話になりっ放しっていうのもなんだから、お礼って言う訳じゃないんだけど、朝食は俺に作らせてもらえないかと思って」
「朝食を……ですか?}
「ああ、駄目か?」
「駄目……ということは無いのですが、その……」
「ん?」
 
 茶々丸はなにか言い難そうにしているようだが、やがて意を決したようにこちらを見た。
 
「大変失礼なのですが、あの、お料理……できるのですか?」
 
 申し訳なさそうに聞いてくる茶々丸に、それもそうかと一人納得する。
 考えてみれば普通、男がまともに料理ができるとは一般常識的に思わないだろう。
 
「ん、それは大丈夫だと思ってもらっていいと思う。これでも家事全般は小さい頃からやってたから結構自信あるんだ」
「………わかりました。では、私もお手伝いという事でご一緒します」
 
 少し考えたようだがなんとか条件付で許しを貰えた。
 
「よし、じゃあ、早速だけど準備しよう。二人とも何か食べれない物とかあるか?」
「マスターはニンニクとネギが食べられません。私は食べ物自体食べる必要がありません」
「え、なんでさ?」
「ロボットですから」
 
 淡々としたやり取りに、そう言えばと思い至る。
 こうして接していると、普通の女の子と全く変わらないため、その部分が完璧に頭から抜け落ちていた。
 
「そう言えば、そうだったな」
「はい」
「えっと……じゃあ、何も食べないのか?」
「食べられない事もありませんが、飲食は全てフェイクです。せいぜい成分判別、計測程度の意味しかありません」
「……じゃあ、エヴァが食べてる間は?」
「後ろに控えておりますが?」
「――」
 
 その光景を想像して思わず押し黙ってしまう。
 ……それは、寂しい事ではないだろうか?
 数百年の時を一人で生きてきた少女。
 片や必要が無いからと言って食卓につかない少女。
 俺の記憶の中での食卓はいつも団欒だ。
 騒がしい事も多かったけれど、それは全て暖かい記憶だった。
 それに思い至ると、知らずと口が動いていた。
 
「食べれない事は無いんだろ?」
「は? ……ええ、まあ」
「だったら食べなさい」
 
 若干強い口調で強制する。
 
「え? ですから意味はないと――」
「意味はなくたって理由はあるだろ」
「……理由?」
 
 小首を傾げる茶々丸
 その行動自体に意味は無くたって構わないんだ。それを成す理由さえあれば。
 その理由だって別に難しい事なんかじゃない。
 だって、
 
「――家族なんだろう? 理由なんて、それで十分じゃないか」
「――」
 
 これは俺の我侭だろう。
 だけど、押し付けがましいと思っていても、どうしても許容できなかった。
 子供のような我侭であろうと、一緒の家に住んでるのに孤独を感じるような少女達を見たくはなかったのだ。
 
「見てろよ、俺が”これぞ朝食”ってやつを作ってやるからな」
 
 そう、言い残してキッチンに向かおうとする背中に、
 
「――ありがとう御座います」
 
 そんな穏やかな言葉が聞こえたけれど、聞こえない振りをして朝食の準備を始めた。
 
 
◆◇—————————◇◆
 
 
 しばらくすると茶々丸に起されたエヴァが起きてきた。
 
「おはよう、エヴァ
「……あ、ああ、うむ。で、――なにしてるんだ、お前は?」
「……なんだよ、その思いっきり怪訝そうな目は。朝食の準備だよ」
 
 半眼で胡散臭そうなものを見るような目るエヴァに、見て分からないのか、と言外にこめて答える。
 
「そんな事は見れば分かる。私が言っているのは何故お前が作ってるんだ、と言う事だ」
「世話になりっ放しっていうのもなんだからな、せめてもの恩返しみたいなもんだよ」
「……ふん、食べられるんだろうな。――茶々丸?」
「ええ、お隣で手伝わせていただきましたが、手付きも大変見事でなにも問題ないかと思われます」
「ならば食べてやる、士郎、準備しろ」
 
 どっかの金ぴか王様発言みたいだ、と内心呆れつつも茶碗にご飯をよそう。
 
「ほう、珍しい。和食か」
「そうだけど……嫌だったか?」
「そんな事はないがな、只、普段は洋食がメインだったからな……ん? どうした茶々丸
「いえ、あの……」
 
 やっぱり普段からこういった事は無いのだろう。
 俺の勧めで食卓に座った茶々丸に対して、エヴァは疑問の視線を向けていた。
 そんな、言いにくそうにしている茶々丸の代わりに俺は口を開いた。
 
「ああ、俺が無理矢理誘ったんだ。一人で立っているのも可哀想だったからさ」
「だが、茶々丸は――」
「知ってる。でもこういうのも良いもんだろ?」
「……ふん、物好きな男だ」
「……申し訳ありません、マスター」
「なに、気にするな。確かにこういうのも偶には良いものだ」
「……ありがとう御座います」
「さ、折角作ったんだ。暖かいうちに食べてくれ」
「言われんでも食べてやるさ。ただし不味かったら覚悟しろ?」
 
 俺は一体何を覚悟すれば良いんだろうか、と思いつつもエヴァが味噌汁を口に運ぶ様子を見守る。
 
「――ほう」
 
 これといった感想は貰えなかったが、何処と無く上機嫌に箸を進めるエヴァに微笑みながら茶々丸にも勧めてみる。
 
「さ、茶々丸も」
「はい、では――頂きます」
 
 丁寧に手を合わせてお辞儀する茶々丸に軽く感心する。
 本当、この子はロボットなんだろうか。
 
「――――」
 
 真似事とはいえ、味噌汁を口にする茶々丸はどことなく柔らかい表情をしていた。
 それに満足し、俺も食事を進める。
 
「あ、エヴァ。お前、箸の持ち方間違えてるぞ」
「うるさいな、いいだろう。そんな事」
「ダメだ。そんな事だと大きくなった時に恥をかくぞ」
「私はお前より年上だ! 子ども扱いすなッ!!」
「ほら、いいか? こうやって人差し指と中指で挟んでだな――」
「あ、こら! 話を聞かんか! やめろと言っているだろうが!! 母親か貴様は!?」
「マスター、そんなに楽しそうに……」
茶々丸! お前もボケたこと言ってないで止めろ!!」
 
 そうして朝食は賑やかに過ぎていった。