第11話  答え

 
 現状が飲み込めない。
 一体どう言う事だろう。あの状況下で、一体どうして私が負けたという判定になるのだろうか。
 
「え? ――私が負け……です、か?」
「ああ、そう言った」
「どういう事……ですか?」
 
 どこからどう見ても、私は最後の瞬間、もう少しで衛宮さんの首を切断する寸前までいった。
 だからこそエヴァンジェリンさんは、それを止めたのではなかったのか。
 
「なんだ、まだ気づいていなかったのか? ほれ、これだよ、これ」
 
 エヴァンジェリンさんはそう言うと、何も無い空中で何かを握るようにすると、手を上下に動かした。
 なにをしているのだろうか? 別に何も無いが……。
 
「……?」
 
 ……いや、待て。
 何かが視界に映った気がする。
 その箇所を注視すると、そこには何かがうっすらと光を反射していた。
 
「――これは……」
「恐らく糸だな。それもかなり細い。まあ、強度はそれほどでも無さそうだがな」
「糸……ですか? 何故こんな物が?」
「はあ……、いい加減気づけ。この糸はどこから伸びていて、どこに張ってある?」
 
 言われて糸の出所を探る。
 かなり見え難いので糸を手で掴み、行き先まで手探りで歩くしかなかったが、それでも何とか辿れる。
 糸はどこかで切れているのか、手応えは一方にしかなかった。
 その先には――、
 
「――っ! ま、まさか!」
「そう、そのまさかだ」
 
 エヴァンジェリンさんは呆れたようにため息をついていたが、私はそれどころではない。
 慌ててもう一本の糸も逆に辿る。
 そうして行き着いた先はやはり――
 
「…………ナイフ」
 
 切り株に深々と突き刺さったナイフ。
 その柄の所からずっと伸びていた。
 
「そう、それだ。――ようはお前は士郎の張った罠にかかったんだよ」
「罠……ですか?」
「なんだ、ワザワザ説明されんとわからんのか? ……っち、面倒な。――ああ、そうだ。士郎はな、森に入る前に後退した際、ナイフの柄に糸を結んでいたんだ。お前からは見えなかっただろうがな、私の方からは丸見えだった。その後、お前が木を切り払い、士郎はそれを”わざわざ”跳躍で避けた、恐らくこの時点から既に罠を張っていたのだな。隙を作り森に誘導するように仕向けた。お前を懐に飛び込ませ、ナイフを弾き飛ばさせ、それが切り株に突き刺さる。士郎はそれを確認し、刀を避けながら木の陰に隠れた。ここでもう一本のナイフに、糸のもう一方を括り付け、お前の技に合わせて今度は木の反対側から飛び出す、これでこの木が糸の支点となったわけだ。後は簡単、そのナイフをお前の位置と士郎が転がる位置を考え、ナイフを投擲する。この際、”わざわざ”顔を狙ったのは、そこ以外お前の自由になる部分がないと分かっていたんだろう……それと冷静な判断力を恐怖で奪い、糸の存在をわかりにくくする為でもあるんだろうがな。――これで”詰み”だ。無防備な士郎を見たお前が嬉々として斬りかかり、この罠にかかった時点で私が止めた、と言うわけだ」
「し、しかし! このような糸ではなんの威力もありません!!」
「そう”この”糸だったらな。だが考えてみろ? お前は実際に踏み込んだ際この糸に接触した。にもかかわらずそれに気付くことなく糸は切れてしまった。…………さて問題だ桜咲刹那。これがもしワイヤーソーなどの切れ味を持つ糸だったらどうなった? お前が知っているかどうかは分からんがな、これでも『人形遣い』と恐れられた身だ。その手の情報は逐一取り入れている。見え辛く、高強度の極々細密の鋼糸などごまんとあるぞ」
「――――っ!」
 
 ゾッとした。
 全力で踏み込んだのだ、踏み込みの速度を考えれば触れた所は間違いなく切断される。
 それは、胴か、首か、頭か……。
 
「理解したな? 士郎が”その気”だったらお前は肉片として転がっていただろうよ」
「………………」
 
 …………恐ろしい。
 私は最初から衛宮さんの手の上で踊らされていたのだ。
 
「ああ、くそ。長々と説明したら喉が渇いてしまったではないか……茶々丸! なにか冷たい飲み物を持って来い」
「はい、マスター」
「つまりだ刹那。お前は手を抜かれて勝ったのではない――士郎の本気を引き出すことすら出来ず、無様に負けたのだ」
「――――」
「エ、エヴァ! お前なんて言い方してんだ、もうちょっとなんかあるだろうがっ!」
 
 衛宮さんはエヴァンジェリンさんの言い様に食って掛かるが、当の本人は何処吹く風だ。
 しかし、そうか。
 負けた、か……。
 悔しくない……と、言えば嘘になるだろう。
 だが、偽りの勝利などよりよっぽど清清しい。
 だけど、一つ疑問は残った。
 
「――衛宮さん。何故もっと早くに決着を付けようと思わなかったのですか? 貴方なら簡単な事だったでしょうに」
「……え? あ、それは……だな……」
「是非、お答えください」
「……幾つかあるんだけど、怒ったりしないで聞いてくれるか?」
「はい」
 
 衛宮さんはなにやら頭を掻きながら、何処か落ち着かない様子で切り出した。
 
「もしも俺の気のせいだったら謝るけど……桜咲さん、なんか思いつめていたみたいだから……」
「……それは」
エヴァに煽られたって言うのはあったんだろうけどさ。それでもなんか行き過ぎた感じがした」
「――――」
 
 それは……、あるかもしれない。
 エヴァンジェリンさんからお嬢様の事を引き合いに出され、ムキになり過ぎた事は確かに事実だ。
 
「そう言うのって、身体を思いっきり動かせばちょっとはスッキリするんじゃないかと思って」
「……そうですか……」
「それともう一つ。こっちが一番って言えばそうなのかもしれないけど……何度か打ち合っているうちに分かったんだけど、君の打ち込み方って、なんていうか……危なっかしいんだ」
「危なっかしい……ですか?」
「ああ、あんまり巧く言えないんだけど、真っ直ぐ過ぎるっていうか。そうだな、抜き身の刀って言えばいいのか? 後先考えずにただ目の前の物を蹴散らす、前に進んでばかりで帰ることを全く考えていないような気がした。そういうタイプに限ってこういう”絡め手”に弱い、それを知ってもらおうと思ったんだけど……」
 
 俺が言えた義理じゃないんだが、と自嘲気味に笑う衛宮さんの顔。
 ――敵わない、素直にそう思った。
 私はただ自分の事だけを考え衛宮さんに切りかかった。
 それに対して衛宮さんは私のことを考え、導くように戦ってくれたのだ。
 凄い人だ……心の底からそう思える。
 
「――私としてはそのような事はどうでも良かったのだ。私は士郎の実力を測りたかっただけなのだがな」
 
 と、今まで成り行きを見守っていたエヴァンジェリンさんがブツブツ言い出した。
 
「アハハハハ、聞こえたぞ。それが本音かこのチロリッ子吸血鬼がっ!」
 
 瞬間、衛宮さんの手がエヴァンジェリンさんの両頬を素早く捕まえた。
 
「ひゃっ! いひゃいいひゃいいひゃい! ひゃひほふるほほははひほーー!」
「黙れ! これは罰だ! 反省するまでずっとこうだっ!!」
 
 衛宮さんはエヴァンジェリンさんの頬を掴んだままそれを動かす。
 エヴァンジェリンさんの顔は、ムニムニと面白いくらいに形を変えて柔らかそうではあるが、当の本人は最早涙目だ。
 それを必死に止めさせようと手を伸ばすが、衛宮さんの手を退けようとして、結果的に自らの頬を引っ張る事になって自爆。
 今度は衛宮さん自身を退けようと手を伸ばすが、悲しいかなリーチの差でその手は空をパタパタ泳いでいる。
 エヴァンジェリンさんは涙目で何やらフカーフカー言っているが最早言葉になっていない。
 
「んー、何言ってるかワカランナー」
 
 額に青筋浮かべてなんだか怖い微笑みで更に調子に乗る衛宮さん。
 ――完璧に遊んでいる。
 真祖である”あの”エヴァンジェリンさん相手に遊んでる。
 
 …………す、凄い人だ! 色んな意味で!!
 
「――ぷっ……、ふ、あははは」
 
 思わず込み上げてくる笑いが抑えられなかった。
 
「お? 何だ桜咲さん、エヴァの顔が面白いか?」
「い、いえ……、そんな事は……………………っく、あはははは!」
「ひゃひほははへひふ! はふへんふぁ!!」
 
 エヴァンジェリンさんに何か文句を言われているようだが、それすらも笑いに変わってしまう。
 
「なら――こうだ!!」
 
 衛宮さんはそう言うと、エヴァンジェリンさんの背後に素早く回り、また頬を掴み、私に見せ付けるように向けた。
 
「これも罰だ! エヴァの面白い顔を見てもらえ!!」
「っっっっ!!!!」
「ひゃ……、ひゃひゃはふーー! はひゃふはふへほーーー!!」
 
 結局、エヴァンジェリンさんは茶々丸さんが帰って来るまで開放されることはなかったのだった……。
 
 
◆◇――――◇◆
 
 
「……まったく、酷い目にあった……」
 
 ようやく開放されたエヴァンジェリンさんの第一声がこれだった。
 弄られまくった頬は赤くなっていて、まだ少し涙目だ。
 
「も、申し訳ありませんでしたッ!!」
 
 エヴァンジェリンさんの”別荘”にある屋敷。
 そこに着いた私は開口一番、土下座する勢いで頭を下げた。
 
「――分かっているのだろうな? この私を敵に回したぞ、刹那」
「い、いえ! 決して貴女を敵にするなどとは!!」
 
 椅子に座り、私を見下ろすような視線で睨む。
 それだけで私はすくみあがる程の恐怖を感じる。
 やはりこの方は真祖だ。
 私なんかでは相手にならない程の力を持つ存在だ。
 けれど――、
 
エヴァ……」
「――な、なんだ……?」
 
 その背後、地の底から響くような衛宮さんの低い声が聞こえてくると、急に覇気が無くなり恐る恐る背後を確認していた。
 口調では強がっているようだけど、怯えているのが丸分かりだった。
 
「桜咲さん、苛めるなよ?」
「い、苛めてなどいないさ! 私は上下関係と言う物をだな……」
「………………」
「………………」
「……うりゃ」
「――っ! うう~~っ」
 
 衛宮さんが両手を伸ばす真似をすると、まるで怯える子猫のように縮こまる。
 ……奇妙な力関係が出来ているようだ。
 
「……ったく、ちゃんと仲良くしてろよ」
「わ、分かった、分かった! いいからさっさと紅茶を持って来い!」
「はいはい」
 
 エヴァンジェリンさんは去っていくその背中を見送り、ホッと安堵の息を吐いた。
 
「……ふん、そういう事だ。今回は特別に不問としてやる。あり難く思え」
「あ、ありがとうございます!」
 
 エヴァンジェリンさんは不服そうにため息を吐く。
 ……助かった。
 しかし、恐怖心が去ると疑問が浮かんできた。
 
「あ、あの! 質問があるのですが宜しいですか?」
「あ~ん? …………なんだぁ~?」
 
 エヴァンジェリンさんは不貞腐れてしまったのか、頬を膨らませたまま椅子にだらしなく座り、足をプラプラさせている。
 …………えっと、本当に”あの”エヴァンジェリンさんなのだろうか?
 大分イメージが変わってしまっているような?
 ――それはさておき。
 
「衛宮さんは何者なのですか?」
「あん? 士郎が何者かだと? …………そんなもん、私が知りたいわ」
「え? エヴァンジェリンさんも分からないのですか!?」
「ああ、別にどうでもいいことさ。まあ、せめて持っている実力だけでも知りたかったのだがな……、それも今回失敗に終わってしまった」
「う……っ、すいません」
「別に貴様を攻めているわけではない、それを悟らせない士郎のせいだからな。全く……何から何まで読めんやつだ」
「しかし……、そんな事で危険はないのですか?」
「危険? ……はっ! そんなモンあるか。アイツなんかに比べたらそこいらの犬の方がよっぽど危険だろうさ。それともなにか? お前は士郎が危険に見えるのか?」
「あ、いえ……そう言う訳ではないのですが」
 
 確かに、あの人が危険な人物だとは到底思えない。
 会ったばかりの人間のために、あそこまで身体を張ってくれる人など、普通はいないだろう。
 
「アイツの事を知りたかったら士郎に直接聞け。私は喋らん」
「……そうですか」
「……俺がなんだって?」
 
 いつの間にか衛宮さんはすぐ側で紅茶のポットを持ちながら立っていた。
 
「え、衛宮さん……」
「なんでもない。いいからはやく紅茶を出せ」
「はいはい……茶々丸お菓子はそこに置いてくれ」
「はい、わかりました士郎さん」
 
 目の前でテキパキとお茶の準備がされている。
 衛宮さんと茶々丸さんの見事なコンビネーションだ。
 
「桜咲さんはストレートでいいか? 砂糖とミルクもあるけど」
「あ、いえ、そのままで結構です。ありがとうございます……」
「じゃあ、はい。エヴァも……はい」
「……私にはストレートかどうか聞かないのだな……」
 
 エヴァンジェリンさんはムスッとしたように紅茶を受け取る。
 それに対して、衛宮さんは顔も会わせずに作業を続けながら答えた。
 
「それ、ダージリンだぞ。しかもセカンドフラッシュ、SFTGFOP1」
「……っく!?」
「砂糖とミルクは?」
「………………いらん」
「だろう」
 
 エヴァンジェリンさんは何やら悔しそうに紅茶に口をつけた。
 私には良く分からないやり取りだったが、衛宮さんがエヴァンジェリンさんの好みを把握してしまっているのは理解できた。
 
「……で、なんの話だったんだ?」
 
 そう言いながら、衛宮さんがエヴァンジェリンさんの座る二人掛け用のソファーに腰掛けると、体重の軽いであろうエヴァンジェリンさんの身体が軽く弾んだ。
 その正面に、つまり私の隣に茶々丸さんが静かに座る。
 
「なに、お前が変な奴だと言う話だ」
「む……変な奴とは失敬な」
「変な奴は変な奴だ。大体さっきの戦い、いつの間にあんな狡い罠を考えていたんだ。即興で思いつくような物ではないだろう」
「あ、それには私も興味があります」
 
 そう、あの罠。
 私は一体いつから衛宮さんに動かされていたのだろうか。
 
「ああ、あれか? あれはエヴァが行動範囲を説明していただろう? その時に思いついたんだ」
「――――は?」
 
 衛宮さんは、何かとんでもないことをサラリと言った。
 戦いの流れの最中ではなく、始まる前からそうなるように仕組まれていたと言うのか?
 
「あの段階からだと?」
「――確かに、士郎さんはマスターから説明を受けている際に、辺りを探っていました」
「ああ、あの時考えたからな」
「…………凄い」
 
 まさに驚嘆に値する能力だ。
 先を見通す能力というのだろうか……。
 いや、そんな生易しいレベルではないだろう。
 実戦を一度でも経験してみた者にはわかるだろうが、刻々と、それこそコンマ秒単位で戦況は変化していく。
 例え、最初から罠にはめようとした所で、想定通り相手が動く事などあり得ないのだ。
 もしも可能とするなら下準備、即ち、あらかじめ幾つもの罠を仕掛けるのが常道だ。
 即興で思いついたものなど十中八九、上手くいかないはずだ。
 ――それを可能としたと言うのか。
 衛宮さんはその”結果”に辿り着く為の幾重にも分岐する可能性をその都度探っり、”結果”に結び付けたのではないのだろうか?
 そうとでも思わなければ到底不可能な能力だ。
 ――敵わない。
 そう、自然と納得してしまった。
 そして湧き上がる一つの決意。
 
 …………………うん、決めた。
 
 席を立ち、衛宮さんの側まで移動する。
 
「? 桜咲さん、どうかしたのか?」
 
 衛宮さんは不思議そうに私を見上げている。
 私自身も唐突だとは理解しているが、私の考えに間違いはないだろう。
 
「――衛宮さん……」
 
 片手片膝を着き、最上の礼を取る。
 
「さ、桜咲さん!?」
 
 衛宮さんは驚いてしまっているが無理も無いことだろう。
 エヴァンジェリンさんや茶々丸さんも状況についてこれず、呆然と成り行きを見守っている。
 
「お願いします! 私、桜咲刹那を貴方様の下に置いてくださらないでしょうか!」
「――――へ?」
 
 訪れる沈黙。
 誰一人として声を上げず、各々の中で状況を整理しているようだ。
 私も地面へと視線を向けたまま可否の時を待つ。
 
「――――えっと、つまり?」
「…………お前の弟子になりたいんだとさ」
「はあ、でし? で、し……弟子? ……弟子ねえ……って、ええ!? で、弟子ぃ!? お、俺の!?」
「はい、その通りです。貴方様以外考えられません!」
「と、とりあえず立ってくれ! そんな状態じゃ話も出来ないし!」
「――はい」
 
 立って衛宮さんの顔を見つめる。
 明らかに動揺しているようで申し訳なく思うが、ここは無理を通させて貰おう。
 
「えっと……、まず一つ聞くけど……本気?」
「はい!」
「うっ……、じゃあ二つ目。なんで俺なのさ? 桜咲さんとは正直そんなに面識もないし……、第一、他にもっと優れた人がいくらでもいるだろう」
「いえ、そのような事はありません。先程見せていただいた貴方様の実力、精神力、戦う相手であった私まで気にかけてくださったその優しい御心……。その全てで貴方様以上の方はおられないでしょう」
「――えっと……あ、ありがとう?」
「……何を照れている、子供ではあるまいし」
「ば、馬っ鹿! 俺は照れてなんか!」
「……ふん」
「どうか許しを願えないでしょうか……」
「…………あ、あのさ、桜咲さん」
「どうか、刹那とお呼び捨て下さい」
「うっ、じゃ、じゃあ、刹……那? 俺はきちんとした流派とかないし、誰かに教えたりするのも苦手だ」
 
 ……やはり無理な願いだっただろうか……。
 
「でもさ、俺自身も鍛練とかしたいし、刹那みたいな強い子と手合わせできるのは、俺としても嬉しいんだ」
「――――では」
「ああ、俺なんかで良ければ一緒に鍛練しよう」
 
 そう笑顔で笑って答えてくれた。
 なんだろう、この感覚は。
 今までも色々な方に師事してきたが、このような感覚は初めてだ。
 恐らくこの感情は”嬉しい”という感情に似ているがどこか違う感じがする。
 ――そうか、これが畏敬の念というものなんだろう。
 
「あ、ありがとうございます、師匠!!」
 
 自然、身体が片手片膝を付いた礼をとる。
 私は今、心の底から”師”として尊敬できる御方に出会えたのだろう。
 
「あ、その師匠ってのはやめてくれ! なんか背中が痒くなってきそうだ」
「――しかし、貴方様に教えを請おうと言うのにそれでは失礼に……」
「その”様”って言うのも禁止!! 俺だって刹那って呼び捨てにさせて貰うんだから、そっちも士郎って呼び捨ててくれ!」
「しかし……」
「しかしもかかしも無い! ――よし! 師匠命令だ!」
「…………自分で師匠と言っているではないか」
「ああっ!? 無し、今の無し! 聞かなかったってことで!」
 
 私が師事した御方はどうやら照れ屋のようだ。
 顔を真っ赤にしてオロオロしている。
 そんな様子に笑みが零れ出てくるのが自分でもはっきりと分かる。
 
 ――ああ、この人で間違いはない。確信を持って言える。
 
 
「わかりました士郎さん、これから宜しくお願いします!」